父の日

父の日
父の日には黄色の花を贈ろう!と
なぜだか知らないけど花屋さんにそう書いてあったので、
ムスメとムスコが選びました。
元気が出る色ってことで、ま、いいか。
プレゼントは「春日色」(ピンク)のポロシャツだったのが、
サイズ合わなくて交換に行かないとーgawk

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撃沈1ねんせい2

撃沈1ねんせい2
今度は手が突っ張ってますが、寝ています。

ハハも環境が変わって毎日撃沈gawk

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ムスメのフォロー検査


水泳の授業を前にして、「学校生活管理表」を書いてもらうために
ムスメの川崎病フォロー検査を約2年ぶりに受けてきました。
ムスメの発病が2006年の4月(3歳1ヶ月)で、病後1年の検査でも
問題なしだったため、次は小学校入学のタイミングでよいのでは?と
言われていたのでした。
その間、特別大病もせずもちろん心臓にも問題なく過ごしてきました。

土曜日が学校公開だったので、今日は振り替え休日、
それにあわせてハハも休みを取ったのでした。
以前の担当の先生は外来にはいなくなってしまったので、
エコーができる月~木の午後にいつでも予約なしで診察を受けて
よいと電話で言われていたのですが、やはり思い切り待たされました。
待っている間に本1冊読んでしまった。

ようやく受付から1時間半後に診察を受けたあと、心エコーと、
今回初めて「負荷心電図」というのを受けました。
なわとび3分跳んで心電図をとるというやつ。
ムスメ、「なわとび、できるよ!」とはじめは得意げでしたが、
さすがにやれと言われて3分跳び続けるのはなかなか
しんどかった様子。しかもまだ普通に跳べなくて2拍ごとに1回なわを
回しているので、ピョンコ、ピョンコとリズムをとっている姿が
なかなか笑える。
結局、両方とも検査結果は問題なしで、
管理表もめでたく「管理不要」となりました。
次回検査はまた2年後でいいそうです。

「管理不要」で「次回2年後」と書いても、きっとまた来年も
提出するように言われるのかなあ、管理表…。
その場合は、近所のかかりつけ医に書いてもらうことにしよ…。

あいかわらず、「川崎病」で検索してくる人は絶えず、
事細かに書いているハハなのでした。

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撃沈1ねんせい

撃沈1ねんせい
先週のある日のムスメ。力強く床を蹴っているようですが、寝ています。爆睡です。
運動会の練習が連日2時間あったりして、さすがのムスメも電池切れの毎日。

その運動会も土曜日に無事終わりました。

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金魚騒動


今朝は二人そろって「尿検査」だそうです。

ところが、昨日の夜ムスコの「容器」が見当たりません。
本人は「絶対連絡帳袋に入れた!」と言うのですが、
ランドセルの中をひっくり返しても、床をなめ回すように
調べても、ないものはない。

こうなればハハが向かうところは、
キッチンのお弁当用品を入れてある場所。
ありました。

新品の金魚の醤油入れ。

「えー?きんぎょー?きんぎょー?」とムスコはやや
抵抗します。
ハハとしては、形もさることながら
「容量」が足りないことが気になります。

「金魚、2匹に入れて持ってく?」

「えー?えー?えー?」とさらにムスコが抵抗するので、
仕方なく帰宅途中のオットに電話をして、
金魚以外の醤油入れが売ってないかどうか見てきてくれ、
と頼んだのですが、
「それならばいっそ忘れましたと言ってもう一度
もらってきた方がよい」
と言います。
しごくまともなご意見です。

そのままムスコに伝えると、

「もう、金魚でいいよっ!!」pout

忘れたと言って目立ってしまうか、金魚で目立ってしまうか、
の計算の末の結論だったのでしょう。
「4-3お笑い係」としては、ちょっとネタにできると
目論んだのかもしれません。
「でも、なんで金魚なのかって説明を、先生に
連絡帳で書いてよ!!」とムスコは言うのですが、
どう考えても担任の先生が尿検査の紙袋の中身までは
チェックしないと思うし、書かなくていいってば、と
今朝はそのまま無理やり送り出したのでした。

ちなみに、1匹だけにしておきました。

検査技師さんからすれば、よくある話なんではないかと。

そして、やっぱり無条件に再検査だろーか。

090513_20390001

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とりあえずみんな元気。

更新途絶えて、早一ヶ月半。

とりあえず、家族みな元気です。

ムスコは4年生に、ムスメは1年生になりました。
オットは異動で通勤先が変わりました。
ハハは仕事が一段落した後、のんびりしてます。

いろいろ生活の変化がたくさんあったのですが、
なんとなーくブログに気が向かず。

まっ、そんなわけで、うちの猫のおねいちゃんでも
見て和んでください。

090331_13240001 「岩盤浴中ですが、何か!?」

(本当は、食洗機の上の天板。乾燥が
始まるとあったかくなって岩盤浴状態)

090331_14020001 「ごくらく・・・。」

(なぜに手首を折る?)

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ムスメ、卒園式

(思い出し日記)

3月11日、ムスメの保育園の卒園式でした。
3月生まれのムスメは未だ5歳で卒園です。

ハハは1年以上ぶりのキモノで、前日の準備からして、アレがない
コレがないとワラワラしっぱなし。。
当日朝、時間的に十分間に合うと思いつつ着始めたら、
二重太鼓の帯枕の置き方をすっかり忘れており、
解説本まで引っ張り出して何とか時間に間に合った!!!
こぢんまりとした会だし、着たいモノを着ようと、
タイで仕立てて貰ったタイシルクの小紋に、かなりめでたい感じの
銀地に牡丹の刺繍の袋帯。掟破りのコーディネートなのでした。

ムスメには、夜中のネットサーフィンで偶然見つけてしまった
姫系の黒のベルベットドレス。髪にもベルベットのリボンなど
結んじゃって(初リボン)、すっかりおすましして出かけました。

が、園に着くと…、キモノ姿の人はお母さんが一人と、昨年定年した
先生が一人。当然お二人ともキッチリと場にふさわしいはんなり系
訪問着。その他のお母さん達は黒やチャコールが主流のスーツ姿。
さらに子ども達は、女の子は殆どみんな流行りの式服で、
チェックのスカートにボレロ風ブレザーにリボンタイという
女子中制服風コーディネート。

がーん。ハハとムスメ、親子してなんか悪目立ちしてる…。

ムスコの前の年の卒園式では、キモノに袴姿という女の子がいたと
いうから、何かしらやってくれる人がいるものだと期待していたら、
それは我が家だけだった、という…。
ムスコの時でも、女の子達はけっこうそれぞれ志向の違うオシャレを
していたように思うのだけど、これほど制服みたいに同じ感じでは
なかったよなあ…。
とは言いながら、おすまししているムスメ、一番かわいいぞと
心の中では親バカ全開でした。

さて、肝心の式の方は、ハハが2回目の余裕と言うだけではない気も
するのですが、淡々と進みました。
一人ずつ名前を呼ばれて保育証書を受け取るのは生まれ順なので、
ムスメは一番最後。緊張すると顔をしかめる癖のあるムスメは、
全然ニコリともせず、姫系ドレスでも仁王立ちにこっちも苦笑。
ムスコの時のような「思い出振り返り」の仕掛け(入園時からの写真や
各自の卒業制作の絵の展示とか、この1年の生活のスライドショーとか)が
一切なくて、全然泣けませんでした~。
でも生活振り返りは「呼びかけ」って言うんですかね、あれだけはやって
いました。担任の先生が「呼びかけ」の最後に、
「そして、また、春が来ました」という決めのセリフの声を詰まらせて
いたところで、こっちもぐっとこみ上げたけどね。

泣かせる演出がないってのは、先生や園長やそして親たちの
キャラクターの相性もあるだろうし、
日々、保育園も効率化した運営をするべきという大命題の中で
変わってきた部分なのかもなあ…と思いました。
もっとも、ハハ自身、るすばん生活どっぷりだった3年前に比べて、
朝の送りをオットに任せるようになって保育園との距離がちょっと
離れたってことの方が大きいのかもしれないけれど。
それに、卒園式終わっても、あと約3週間通うわけだしね。

何はともあれ、卒園おめでとう、ムスメ。

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辛ぐなったら・・・

最近仕事の細々としたトラブルでココロがささくれ立つ
ことがしばしば。

そんなときの、魔法のことばが、

「辛ぐなったら、津軽弁でしゃべるべし・・・」

というつぶやき。

本当に声に出して津軽弁でつぶやくと、
隣にいる福島出身のスタッフが

「んだ。んだ。」

と相打ちを打ってくれる(≧∇≦)
それだけで笑いがこみ上げて来て全身の力が
抜けてしまうから不思議~。

そんなことでコロコロ笑っていると、ふと津軽出身の
大先輩が身近にいるのを思い出した。
この方は、大好きな現場から離され(それはそれで
出世コースではあるらしいのだが)、ハハのいる部署
としてもちょっと違う立場でやってきているおかげで、
なんとなく毎日所在なげに仕事をしているのだった。

そんな先輩の背中に、

「辛ぐなったら、津軽弁でしゃべるべし・・・」と投げかけてみたら、

もー瞬間にスイッチオン!!
ネイティブ津軽弁が大炸裂!!

周りの全然分からない人たちはポカンとしているのだけど、
ハハの先祖は津軽ですから~、ヒアリングはばっちり。
しかも、結構ナイスガイなルックスとのアンバランスさが
また笑いを誘う。
さすがネイティブのいい回し!!なんて感心しながら
しばし大笑いしたのでした。

魔法のつぶやき、ぜひお試し下さい。
(近くのネイティブに発音指導してもらってね!!)

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ムスコ、9歳

(思い出し日記)

ムスコ、9歳になりました。
去年は川崎病の再発のすぐ後だったなあ、などとしみじみ
思い出しました。
その後、たいした病気もせず、インフルエンザにも罹らず、
元気にやってます。

今年のプレゼントは本人がオットに頼んでいたラジコン戦車。

090301_07330001







実は、クリスマスプレゼントもパーツを組み合わせて
いろいろ変形するブラスターとやらをもらっていたし・・・
とうとうミリタリー系に足をつっこんでしまったんで
しょうか、ムスコ・・・。
男の子なら、必ず通る道であるとは分かっているものの、
「お願いだから将来、小学校の卒業文集がテレビで
流されちゃうような人間にはなってくれるなよ~」と
真剣に思うハハです。

お祝いはこれも本人のリクエストで「かに道楽」へ。
タラフクかに食べて、誕生日記念にかにのキーホルダー
もらって、ご満悦でした。

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小樽トンボ帰り

(思いだし日記)

8日日曜日から1泊で小樽に行ってきた。
ハハの母の叔母、つまり祖母の妹である”kおばちゃん”が
亡くなり、通夜と告別式に出るためだった。

生前の母ですらkおばちゃんの年齢を知らなかったのだが、
77歳だった。
祖母とは一回り以上違い、母とはたった8歳しか違わなかった
わけで、やはりハハから見て”おばちゃん”というのが
世間的には普通だったということだ。

kおばちゃんは、ハハが小学校1年まで住んでいた小樽の家の
近くに住み、当時夜働いていた母の代わりによく面倒を見てくれた。
夕方、ハハと姉と二人でおばちゃんの家に行き、
夕飯を食べさせてもらって母が迎えに来るのを待っていた。
眠くなってしまったハハはそのままおばちゃんの家に泊まって
しまう日もよくあった。
おばちゃんがいたから働けたのだと、母は姉に言っていたという。

1年ほど前から認知症になり入院していて、母が時々見舞いに
行ったり、一人暮らしだったため滞納している家賃を代わりに
払いに行ったなどという話を聞いていた。
その母がまさか先に亡くなってしまったとは、kおばちゃんは
最後まで知らなかったのかもしれない。
母が気にかけていたということもあって、kおばちゃんの葬儀には
出なければならないと姉と一緒に行くことにしたのだった。

おばちゃんには子どもがなく、甥を養子に迎えていた。
ハハからすると”いとこのおにいちゃん”のような存在だったが、
いろんな事情があってずいぶん昔に家を出ていた。
でも最後にはきちんと喪主として育ての親の葬式を出し、
最後の別れに涙していた。
親子として暮らした年月が10年ほどであったとしても、
それが「縁」というものなのだろう。

9日朝、告別式の前に少し早く宿を出て、昔住んでいた家の
辺りをタクシーで行ってもらった。
ガイドブックにもよく載っている「船見坂」の途中を脇に入って
いったところにあった家は、もちろん建て替えられていたが、
昔と変わらず崖の上にあった。
6歳までしか住んでいなかったとはいえ、何とも言えない
懐かしさがあった。
雪の季節に姉と二人で来ることになるとは思わなかったよ。

090209_09350001

11時前に告別式が終わり、
14時半の飛行機に乗って戻ってきた。
小樽滞在時間17時間。
でも行ってよかったな。

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るすばんお手伝い

日曜日のこと。

どうしても仕事に行かねばならなくなり、夕方5時に家を出て、
ぱっと仕事を終わらせて帰ったのが、9時。

出かける前に、かご3つぶん山盛りになっていた洗濯物(乾燥ずみ)が
戻ったら全部たたんであった。
「パパと一緒にやったの?」と聞くと、
「ふたりでやった」とムスメとムスコ。

ハハ、感謝カンゲキ。happy02

なんでも、始めにムスメがひとりでたたみ始めたので、
ムスコも手伝い出したのだという。
テレビを見ながらやっていたら、2時間かかったよ、と。

いやー、やりなさいと言ったわけではなかったのに
やってくれていたのがともかくうれしいよ、えらいよ、と
褒めちぎったのでした。

あー大きくなったなあ、本当に。

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今年のおしごと。

というわけで、今年のお仕事です。

1月8日(木)よる8時から始まる連続10回のドラマ。
HPはこちら

コミックス原作のミステリーもので、一話完結の
シリーズです。

ようやく毎回名前が出るような役回りになりましたが、
実態は初夢のように「雑用一手に引き受けます係」です。
なので今回、自分でやったこととして誇れるのは、
原作コミック31巻を全部読んで10回分選ぶベースを
作ったのと、
エンドタイトルバックの制作を段取ったことですかね~。
おかげさまでタイトルバックの評判は上々なので、
ぜひぜひ見てください。

それからスタッフブログなんつーのも書く羽目になり、
細々と書いています。
(他のスタッフに書いてくれと言っているのだが、
誰も書いてくれないよ~)
スタッフブログはこちら
このスタッフブログはコメント受け付けてないのですが、
トラックバックはできます。

こんな感じでしばらくは、土日もかり出される日々が1月一杯は
続きそう…。

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2009・初夢解析

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あけまして
おめでとうございます。
更新怠りがちな
最近のこのブログですが、
新年は週1回くらいは更新したい
なあと思っています。
今年もどうぞよろしくお願いします。


お正月休みは、29日から4日まで。
ふだんほぼ全く掃除してなかった我が家ですので、
普通の片付けをするのが精一杯の
年末大掃除でした。
(風呂掃除は、あまりの汚さに耐えきれず
21日の休みに3時間かけて
終えていたので楽でした)

元旦は恒例のオット実家でのごちそう三昧で一泊。

で、オット実家で見た今朝の初夢はこんな感じでした。
第一部
「仕事でロンドンに出発する時刻が迫っているので、もうすぐ成田に
向かわねばならないのだが、その前にクリアしておかなければ
いけない細かい仕事がいくつかある。まずは、いま持っている
この封筒の中のもの(写真?)をカメラマン(実在の人物)に
預けなければいけないのだが、いまどこにいるのかが分からない。
ようやく113スタにいるらしいことを突き止めてスタジオ前に行くと、
人形劇の収録をやっているらしい。封筒を誰かに預けたいのだが、
きちんと渡らないのも困るので、終わるのを待つべきか。
ああ出発時間はもう過ぎてしまったので、次の便が何時なのか
ネットで調べなくちゃ…」

第ニ部
「晴れているのに、さっきまでは大雨が降っていたようだ。
頭上のテントのような空から雨粒がしたたり落ちてくる。
ムスメが目の前を駆けてくる。建物の前(見覚えのない場所)には
オットが立っている。
ムスメが転んで水たまりに倒れ込んだかと思うと、それは流れの急な
濁流に変わり、あっという間にムスメは流され、オットの目の前を
通り過ぎていく。オットは気づいていない。”助けて!”と私は叫ぶ。」
たぶんリアルに叫んで目が覚めたのだが、誰も私の叫びを聞いて
いないらしい。熟睡していたのか、叫びはやはり夢の中だったのか?

第一部は、言わずもがな仕事関係の現状という感じですかね~。
113スタで人形劇って分かる人には笑っちゃうくらいリアルな夢です。
ハハのいまの置かれている仕事環境は、ゲームのRPGみたいなもので、
どこかに行っては人の話を聞き、頼まれごとを引き受けて、
どっかに行って解決して、アイテムゲットして戻って伝票切って…
みたいなものなのです。そんな「やらなきゃいけない細々としたこと」に
気を取られているうちに、「ロンドン行き」みたいな大きな目的を
見失ってしまうよ、という警告ということだなあ。
人に預けたいのに預けられないってのもリアルな問題そのもの。
ちなみにリアルにロンドンに行く予定は全くありません(笑)

第二部は解釈が難しいですねー。ムスメは今年小学校に入学するので、
生活が激変するのを心のどっかでは心配しているのかも。
ムスコよりはるかにしっかりしているようなムスメなので、
心配することはないと普段は思ってはいるのですが。

なんだか、初夢なのに夢がないというか、
現実映し出してるだけでした。
ちなみに、ハハは夢は基本的にフルカラーで見るのですが、
今回は両方とも暗いトーンでしたねえ。濁流はリアルに茶色い水でした。

まあ、そんなこんなで、どうなることやら2009年です。

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川崎病 フォロー検査

本日、ハハは仕事を休んで、ムスコの川崎病フォロー検査の
心エコーを受けてきました。
学校の年間予定表では今日は午前授業だったはずなのに、
12月の学年便りで1週遅れに変更になっていて、5時間目
終わってダッシュで行かねばならず、大変でした。
こんな日に限って、習字道具やら図書バッグなど大荷物で、
「学校に置いていって明日持って帰りなさい」と言っても、
「先生が持って帰りなさいって言ったから。」と律儀というか、
頑固というか。
ランドセル背負って山手線乗せて連れて歩くだけでも、
こっちが疲れてしまうのにー。

予約時間は15時半までのところ、到着したのが15時37分bearing
それでも心エコーも診察もちゃんと入れてもらえてヨカッタ。
遅れていったせいか、ほぼ待ち時間ゼロで、16時15分には
帰れました。

さてさて、心エコーの方は全く問題なしのようです。
まあ、サッカーもテニスもやってるくらいですから、問題あったら
どうにかなっているでしょうし。
(ここのところ、しばらく忘れていたWii Fit に またハマリ
出して、毎晩、玉の汗かいて運動してるし。>ムスコ)
川崎病3回目ともなると、こっちも腰座ってますからwink

一応、病後1年までは3ヶ月ごとの検査をするということで、
次回は3月上旬。
たぶんそこで問題なければ、夏の水泳学習が始まる前に
もう一回、その後は水泳シーズンごと年1回ということに
なるのだろうなあ。
来年の水泳前の検査にはムスコとムスメいっぺんに来る
ことになりそうだ。

川崎病の病後で、急性期を過ぎて心臓の冠状動脈に
後遺症はないと診断された後、退院後に冠状動脈に異常が
起こることはめったにないらしい。
なので、これほどまめに検査する必要があるのかどうかは
一考の余地はあると思うけれど、ムスコの場合は再発3回目と
いうこともあるので、ある意味慎重に見てもらっているのかも・・・。

なぜハハが、川崎病のフォロー検査について詳しく書くか
というと、
実は先日、とある1日のうちに「川崎病」を検索ワードにして
このブログにたどり着いた人が5人もいた日があったのでした。
(地域はバラバラ)
川崎病の原因は未だ定かではないけれど、ある程度の「流行」の
時期や地域がある場合があるらしく、時期としては冬から春に
かけて多いという。事実、うちの二人の発病も、1月2回、3月、
4月というパターンでした。
もしかして、今年の「流行」が始まったのがあの日だったの
かも?と少し気になります。

んで、もし藁をもすがる気持ちで川崎病について検索して
いる人がいるならば、
「兄妹二人で都合4回川崎病に罹っているけど、二人とも元気。」
という我が家のことを知って、少しは気が楽になってくれたら
いいなあと思っているわけです。
的確に診断を受けられて、適切な治療を開始したら大部分は
後遺症なしで治る病気になっていると言われています。

んで、川崎病の情報は、「川崎病の子供を持つ親の会」が一番詳しいです。
会が出している「川崎病なんでもかんでもQ&A」という本が、
一番参考になるでしょう。
(ムスコ、ムスメの入院中に何度も何度も読み返しました。)

原因が究明されて、「予防」できる病気になる日がくればいいのですが。

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英語で出会った人々

10月までやたらに忙しくしていた原因がもう一つあって、
実は5月から通っていた英会話のコース期限が10月末だったのでした。
(NOVAなき後、マンツーマンで売っているGに通ってました。)

ハハは外国語を勉強する大学には行きましたが、「英会話」を訓練
した経験は全くありません。小学生のときにラジオ「基礎英語」や
「英会話」を自発的に聞いて勉強したきりです。他は学校の英語
だけ。
そんなハハが英会話を習いに行くなどと思い立ったのは、
もちろんマレーシアの会議に行く仕事のためだったので、
7月までに集中的に通うつもりでした。
が。
42回コースのうち、7月の会議前までにこなしたのは
たったの14回!
さらに会議後に、今年の共同制作の仕事に私は関わらない
ことが判明、
ややモチベーション下がってなんとか2回ほど通ったところで、
母が亡くなったりなどして完全に中断。
25回以上も無駄にしてしまうのか・・・?と自分でも怪しんでいた
ところ、9月の始めにGの事務所から
「最近来てませんけど・・・」とフォローの電話があったのがきっか
けで、見事復活。
10月末の期限までになんとか残りのレッスンをこなしました!!
最後の方は、週6レッスンくらいやってましたが。

Gにいるインストラクターさん、かなり面白い人たちでした。
会議前には、アメリカの3大ネットワークで番組制作をしていた
という経歴の持ち主のメキシコ人のレッスンをよく取っていたの
ですが、ハハがさぼっている間にいなくなり、
ともかくレッスン数をこなすためにはいろんな人のレッスンを
受けました。

日系カナダ人のおじさんのルーツ話とか、ドイツ人で5カ国語を
あやつる風来坊くんとはドイツの話題で盛り上がり、
イタリア人で日本人の妻と1歳の息子をこよなく愛すナイスガイ
とは保育園の話で盛り上がり、
ルーマニア人妊婦さんとは自然分娩について熱く語り、
フィリピン人の若い女性インストラクターとはお互いに
身の上話をして泣き合い、カナダ人の迷える若者には東京に
いるのがストレスなら国に帰る選択もありと励ましたり。

意識的にというわけではないのですが、英米出身の人の
レッスンはあまり取ってなくて、どうやらハハは北海道出身の
せいかカナダ人と波長が合うというのが分かったのですが、
最終的に一番多くレッスンを取ったのはテキサス出身の男性
で、「僕は日本人の妻の留学土産」と自己紹介していた人でした。
最初は時事を話題にして議論をするのが好きで、
それを倦厭されてか、いつもたいてい予約が空いていた人だった
のだけど、何回がレッスンを取っているうちにうち解けて
日米の細かな事件を話題にしつつテキストのフレーズの
レッスンをして楽しかったんでした。

そして最後のレッスンの日、なぜか最終日に限って自分で入れた
予約時間を間違えて、痛恨のキャンセルとなり、42回コースが終了。
なんだかんだ言って、忙しい中通ったけど楽しかったなあ。
んで、英語を話すにはやはり場数を踏むしかないというか、
多少文法がおかしかろうが、なんか話そうとする意志があれば
なんだって通じるのよね、という当たり前の結論だったりする
わけでした。

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とりあえず元気。

ひさびさの更新です。

その後、とりあえず元気です。
母の葬儀の後、わりと息つく間もなく怒濤の仕事に突入してしまい、
ブログ更新している余裕もなく。

いまの仕事は、年明けから始まる10回連続のドラマです。
つまり、久々に完全現場復帰。
なんですが、しばらく浮世離れした仕事の仕方をしていたら、
自分の部署内にもかかわらず相当いろいろ環境変化がすすんで
いて、なおかつその変化の最先端をいく制作体制の中での
仕事に当たっているので、か・な・り・ストレスフルです。
ま、なんとかやっていくしかないのですが。
子どもたちが病気しないでいてくれるのと、土日に出勤でもオットが
面倒を見てくれているので、かろうじて成り立ってます。
みんなに感謝カンシャ。

この2ヶ月ばかりの間のできごとといえば。
私の歯列矯正は順調に進んでいてかなり歯並び良くなったのと、
10月からはムスコも矯正を初めて親子で笑顔が銀色になったのと、
ムスコが最近真剣にサッカーやり始めたこと、
週に2回くらいシッターさんの生活にも関わらず、ムスメは元気。
漢字に興味を持っていて、兄のチャレンジの「マンガ漢字じてん」を
愛読しているムスメは、けっこう漢字が読めているようだ。
9月からムスメは駅近くに出来た英語学校に通い始めた。
授業内容はとても良いのだが、授業料が高いせいか生徒が集まらず、
いまだにグループレッスンクラスなのに90分マンツーマンという
恵まれた環境です(笑)
この英語が土曜の昼なので、
ムスコのサイエンス倶楽部、ムスメ英語、さらにムスコ矯正歯科なんて
スケジュールの土曜日がざらにあって、仕事以外でも最近忙しいわけです。
はー、なんかのんびりまったりしたいけどなあ。

そんな我が家の近況でした。

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営業マンの鑑

納骨にまつわる不思議なエピソードをひとつ。

母の初七日を終えた後、納骨の手続きをどうしたらよいのか
相談しようと、
父のお墓を建てたときにお世話になった石材屋さんの
営業担当者・Yさんに電話をすることにした。

1年ほど前、母が姉に話していたのだが、お墓を建ててから
もう5年以上も経つのに、ある日Yさんがひょっこりと
「近くに来たものだから、お元気かなと思って」と
訪ねて来たことがあったらしい。
そのとき貰ったらしい新しい所属先の名刺が、母の電話帳に
貼り付けてあった。

名刺の携帯番号に電話をしてみると「現在使われておりません」。

もしかしたら転職してしまったのかも?と思いつつ、営業所の
番号に電話をして
「Yさんはいらっしゃいますか?」と尋ねると、
電話口の年配の男性が一瞬声を詰まらせて、
「Yは昨年11月に亡くなりました」
と言う。「ええええーっ!?」とハハの声が裏返ってしまう
ほど驚いた。

1年ほど前に母を訪ねてきてくれたこと、その時5年以上前の
父の納骨の日のことを良く覚えていて、姪のことなども話題に
してくれていたこと、
最初にお墓の営業に来たときも、他の誰よりも親切丁寧
だったのでYさんにお世話になったのだと母が言っていたこと、
その母がこの度亡くなったので納骨の相談をしようと思って
連絡したのですが…と言うと、

「そうですか、本当に営業マンの鑑ですね。」と言って、
営業所の所長だというその男性は、Yさんについて
ゆっくりと語り出した。

「昨年の11月、お客様の納骨のお手伝いをした後、
あの通り丁寧な男でしたから、自分で墓所の後片付けをして
いたようなのですが、その最中に、
くも膜下出血で倒れたのです。」

 ここでまたハハは声を裏返して驚いてしまい、涙があふれて
きた。
「実は母も、くも膜下だったのですよ」というと、電話の向こうの
所長も息をのんだ後、「そうでしたか…」と言って涙声になった。

「救急車を呼び、急を要するからと結局ヘリコプターに切り
替えて運ばれたのですが、間に合わなかったのです。
実は、私自身はその日福岡に行っておりまして、
千歳空港に着いた途端にその連絡が入ったものですから、
最後には間に合わなかったのです。
私が手元で仕込んだ男でして、本当に良くやってくれていた
ので…だから今でも信じられないのです。
11月23日でしたから、もう半年以上も経つのですが。」

ここまで聞いて、三度ハハは驚いてしまった。
母の亡くなったのが、7月23日。ちなみに父も3月23日に
亡くなっているので、不思議な一致もあるものだ。
最後に立ち会えなかった無念さにも同調してしまって、
もうハハも所長も電話口でズルズルに泣いていた。
ここまで横で聞き耳を立てていた姉も叔母もズルズルに
もらい泣きをしていた。

「本当に営業マンの鑑のようなあの仕事ぶりだったので、
亡くなった後にもちょくちょくお声を掛けていただくのですよ。
ありがたいです。長い話になってしまいましたが、
お母様のお骨納めは、Yに代わってしっかりお手伝いさせて
いただきます。」

と、いうわけで、先週の納骨を手伝ってくれたOさんという
方も「Yに代わって今日はお手伝いさせていただきます。」と、
Yさんに負けないくらい親切丁寧な方だったのでした。

父と母が眠る霊園は、東京の感覚からすると
信じられないくらい広大な敷地の公園墓地で、
3万6千基のお墓があるという。

ここのどこかにYさんも眠っているのかしら?と
姉としみじみ話しながら、ゆったりとした霊園を眺めたのだった。

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忌明け

(思い出し日記)

9月6日(土)、姉と二人、飛行機とホテルがパックになった
ツアーで再び札幌へ。
本当に帰る家が無くなってしまったんだなあ、と実感する。

昼過ぎに千歳空港着。その足で、母方の祖父母の墓参りへ。
5年前に祖父が亡くなった時は、ハハはムスメの産後1ヶ月半
ということで葬式にも出られず、一度も墓参りに行くこともない
ままだったのがとても気に掛かっていたので、ようやく思いを
果たせたのだった。

さて霊園に着いたものの、お墓の場所が分からず一騒動。
寺務所に尋ねても「個人情報なので」という理由で
「だいたいこのへん」とおおざっぱに地図を指し示すくらい
しか教えてもらえない。姉も私も7年以上前に一度来たきりで、
なおかつお墓の形を間違えて覚えていたため、
なかなか探せなかった。
結局墓を建てた叔父に携帯電話で誘導してもらって
ようやく見つかる。
やれやれ、とんだ個人情報保護ですこと。
お花、お菓子、ろうそく、線香とお供えしたところで,

今度は「火がない!」

仕方がない、気は心でおじいちゃんおばあちゃんには
許してもらおうと引き上げかけたところ、
これからお参りの人に行き会い、ライターを貸してもらって
ようやく線香に火がついた。
「もうそっちの世界で親子の再会は果たしたのかな。
なんでこんなに早く来たんだって言ってるのかも?」などと
姉と語りながら、石狩湾からの浜風吹く霊園を後にした。
あとで気がついたのだが、この日は亡くなった祖父の月命日
だったので、やはり行ってよかったのでした。

なんだかんだで17時半すぎに中島公園のアートホテルズ着。
広いツインルームと無料大浴場(温泉)というポイントで
選んだのですが、なかなか良いホテルでした。

18時過ぎにぶらりぶらりとすすきの方面へ足を伸ばし、
久々の札幌中心部を散策。

Susukino_2


写真は「正しいすすきの」の図。
左下の方に見える「ティキティキ」って
店は、たしかハハが高校の「卒業コンパ」を
やった店だ。まだあった!
この隣のビルにはボトルキープの札が
位牌という伝説の
「すすきの霊園」という
バーがあったはずなのだが、
今はもうない様でした。
(健全な高校生だったので、
ハハは噂でしか聞いたこと
ないです!!)


姉も私も子どもを連れずに札幌の街を歩くのは結婚前
以来だし、よくよく考えると姉と二人ですすきので飲むなんて
初めての経験。
コンビニでもらったクーポン付き無料ガイドブックで見つけた
居酒屋で、生ウニ堪能。
姉いわく
「東京で食べるウニってさあ、ダイシン(=姉の近所の老舗
スーパー)のトイレの臭いがするんだよね!!
爆笑&納得。

22時にホテルに戻って温泉の後、部屋でマッサージ。
ほとんどそのまま寝ました。

7日(日)朝早く、叔母の家を訪ねて朝食を頂く。
その後、母の遺骨と父の位牌を預かってもらっているお寺へ移動。
亡き父母の弟妹たち20人が集まってくれて、四十九日の法要。
父と母二人の戒名が入った新しい位牌を作ってもらって、
永代供養をしてもらうことになったのでした。

その後すぐに車で30分ほどの霊園に移動して埋骨法要。

母は、ハハが手縫いで作ったさらしの袋に包まれて、
父の隣に納まりました。
思ったよりもいっそう軽く、まだぬくもりがあるような気が
しました。

今にも降り出しそうな曇り空だったのが、なんとか堪えて
無事終了。

会食の後、再び叔母の家に集まり、なんだかんだと
この1ヶ月半あまりの話をみんなで語り合い、
名残惜しいけどと言いながら帰路につきました。

その頃、東京では激しい雷雨に見舞われていたらしく、
到着機遅れで出発が40分ほど遅れて、家にようやく帰り
着いたら24時半。
一区切り着いたなあ、とホッとしたのもつかの間、
翌日からまた慌ただしい日常に帰ったのでした。

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がらんどう

がらんどう
30年と半年住んでいた母の部屋の片付けが終わりました。ハハ自身は小学校3年から高校卒業までを過ごした家です。遺品整理の業者さんに頼み、予定より早く作業が進み、今日中に東京に戻ることになりました。
悲しいのを通りこしてずどーんと脱力感です。

子どもたちは葬儀の後すぐに東京に戻って留守番だったので、一週間ぶりに顔を見られる。
東京の暑さと人混みと慌ただしさにすんなり戻れるのか、自信ないなあ。

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足の踏み場もない中で

足の踏み場もない中で
もう昨日のことですが、姉がバースデーケーキを注文してくれていました。「あなたが生まれた日の朝、父さんに手を引かれてワンピースを着て病院に会いに行った記憶があるよ。あの日も天気が良い朝だった。」
5歳の姉と若かりし父の姿を思い浮かべながら、「きのとや」のケーキを堪能しました。父も母も亡き後、姉の存在がひときわ大きいです。

心配してくれてる皆さまありがとう。週明けに部屋の引き渡しになり、片付けにとり紛れて、気が張ってます。疲れたら姉と二人ひと泣きして、また次の作業に戻る、の繰り返しであと2日で終わるのが何とも言えない気持ちです。

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札幌にて

札幌にて
7年ぶりに札幌の実家に帰って来ています。

このブログに度々「ばばシッター」として登場していた母が、突然逝きました。くも膜下出血でした。一番びっくりしているのは、たぶん母自身でしょう。

初七日を終えて、今日からアパートを引き払う作業をしなければなりません。
そして明日はハハのシジューの誕生日。産んでくれた母がもういないと思うとつらい誕生日です。

写真は母が育てていた胡蝶蘭。

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三人と1匹るすばんの5日間

先週、私がマレーシア出張に行っていた間の、
オットとムスコ&ムスメ、猫1匹のるすばんの5日間をどんな風に乗り
切ったのか、というのを書いておきませう。

13日日曜朝から17日夜までの5日間、ハハが不在。
今まで、泊まり出張となると私の母に出てきてもらったり、
オット実家に子どもを送り込んだりしてなんとかしのいできたのです
が、オットが一人で子どもの世話をしつつ、るすばんというのは
初めての経験。
なんとかなるんじゃないの、とオットが言うので決行してみました。

朝の保育園の送りは通常でもオット担当になっていたので、
たぶん問題なし。
ムスコの朝の準備をさせて送り出すのも、ほぼ毎日手伝ってくれて
いたので、これもほぼ問題なし。
保育園の迎えと夕食はシッターさんだったのだが、
その予約の手配はハハが早々に済ませていたので、
あとは当日シッターさんとの引き継ぎやら、割引チケットの受け渡し
だけで、これも最近よくやっていたので、問題なし。

平日4日間の、毎日やるべきことを書き上げた「仕様書」みたいな
ものをキッチリ用意したので、なんとかなるかな、と。
プールが始まっているので、二人とも熱を測ってカードに記入なんて
面倒な仕事も、仕様書にはあったcoldsweats01

最大の難問は、実はハハが帰国する17日が、
ムスメの保育園最後の夏祭り、ということだった。
ハハ成田着19時10分予定ということで、はなから間に合わない。
オットもまず開催時間中のお迎えは無理。
そんな日にシッターさん迎えというのも少し悲しい。
というわけで、ムスコ、ムスメとも同級生で、ムスコの1歳児の頃から
仲良くしてもらっているK家に、
「夏祭りの後、成田から迎えに行くまで預かってくくれないかな~」と
厚かましくお願い。
「オッケー」と快く返事をもらえて一安心。
初めて保育園のお友達の家にお願いすることになりました。
ただし、ムスコが一人で保育園まで行けるかどうかが最大の不安。
住宅地の中をくねくねと片道20分強、歩く道なのだった。
10日ほど前に、一度保育園まで自転車で行ってみて道は大丈夫
そうだったのだが、一人歩くとなると不安だと自分で言っていたり
する。
(結構、石橋を叩いても渡らないタイプなのだー。>ムスコ)

結果から言うと、無事一人で歩いて行けたようです。
私がマレーシアへ向かった日曜日の午後、三人で散歩がてら
保育園まで歩き、曲がるところをチェックしてメモを作り、
「虎の巻」として持たせたんだそーだ。
ハハより細心のオット、ちゃんとムスコが保育園にたどり着く頃に
電話を入れて到着を確認したらしい。
(ハハなら、なんとかなるだろーで、そこまではしなかったと思う、
きっとcoldsweats01
成田からK家に到着したのが22時20分頃。
用意して置いていった浴衣を着せてもらってムスメは夏祭りを
楽しんだ様子。(オット、忘れず持って行ってくれていた)
K家での夕食やお風呂も非日常でひたすら楽しかったようでした。
ほんと、最後の夏祭りが良い思い出にしてもらえてよかった~。
さんくす>K御一家

唯一、想定外の事件も。
火曜日がムスコのサッカークラブの部費集金日だったらしい。
1年生の時に一度挫折したサッカークラブ、6月になってまたやりたい
と言い出して再入部したのだが、途中から入ったため連絡体制に
ちゃんと組み込まれていなかったのと、ムスコがもらってきたプリ
ントを出していなかったりで、
すっかりハハの頭の中に集金日のことはなかったのだった。
るすばんのシッターさん宛に会計さんから連絡があり、
シッターさんからオットに連絡が行って事の次第が判明。
何が何でも「今日中に部費を納めるように」と言われたらしい。
オット、仕事を切り上げて21時半過ぎに会計さん宅へ持って
行ったそうです。ゴクロウサマ。
はあああ。習い事まわりの気苦労も、オット身をもって体験した、
というわけでした。

そんなわけで、三人と1匹るすばん番外編、以外と大丈夫そう
だったので、

調子に乗って一人旅にでも出てみるか!!

と思うハハなのでしたhappy02

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KL会議終了~

Klcc


5回目の出張、2日間の会議とワークショップ1日が終了。
今回は会議もワークショップも参加者が少なくこぢんまりしていて、コミュニケーションに困ってしまうタイプの人もいなくて、
全体にゆるーい感じの会議だったなあ。
正直言って、(私の上司である)EPがもっと英語のメールを
やりとりする時間や手間を掛けられれば、
事前の打ち合わせをもっと詰められる気もするし、
下手するとわざわざ行き来する必要もなかったりするかも。
んが、Face to Face で会っておいた方がいいことには越したことは
ないけどね。

ワークショップは「音響デザイン」のすべてを1日で。
音でドラマのイメージを膨らませられるのを体感してもらうという、
ほぼ内容は分かっていても、楽しいワークショップでした。
今年定年になるという講師のI氏の陽気なキャラクターが大受け。

マレーシア駐在3年目のNさんにまたディープローカルな
インド料理店や中華料理店に連れて行ってもらって、
食事は大満足。
今回は郊外のホテルだったので、買い物に身軽に動けなかった
のは残念だったなー。

最後の最後にホテルまでNさんが送ってくれる途中、
KLCCのツインタワーの前を通ってくれて記念撮影。

次来ることは、あるのか~?

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KL出張 5回目

またまたマレーシア・KLに出張に来てしまいました。
5回目です・・・。
今回は、会議中にどうしても仕事で日本とのやりとりをしなければいけないので、
オットのノートパソコン借りてきたので、ホテルの部屋で更新。

マレーシアのホテル、LANでブロードバンド接続できました。
でも、部屋にドライヤーはない(T T)

さらに、ソニー・ブラヴィアの液晶HDテレビがあるじゃん!と思って
スイッチ入れると、
放送はアナログでしたbearing 
宝の持ち腐れ…。

会議スタッフのKLローカルの人でもあまり来ない郊外のホテルらしく、
敷地内に小さい湖があってなかなかよいロケーション。
その湖の真ん中に噴水があるのだけれど、
夕方の大豪雨の中でも、水を噴いていた。
意味ないと思う…。

そんな、アンバランスなかんじのKLでっす。

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今年もカサブランカ

今年もカサブランカ
咲きました。
実は去年の株を花の後も葉が枯れるまで水やりして、冬に茎を切り、そのまま時々水あげてたら、春に芽を出しました。去年よりも花数は多いかも〜。
仕事はヘロヘロで母に頼んで2週間家事一切おまかせでした。明日から通常営業でお迎えダッシュ生活あげいん。
来週にはオット、シッターさん、保育園ママ総動員で出張だ〜。

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コレなんかのロケ?

いつものようにお迎えダッシュで、荻窪駅のエスカレーターを
駆け上って、北口に出ると。

目の前に大型の消防車が3台くらい、救急車も2台、3台と次々と
やって来ては止まるところだった。
さらに青梅街道にはもっと大型の消防車が3台、また次々と
やって来て止まっている。
あっという間に北口のバスロータリーは、赤い車にブロックされて、
路線バスが動けなくなって立ち往生し始めている。

エ、何コレ? なんかのロケ?

と思ってしまうのが悲しい職業病。

いかんいかん、これはホンモノだ。

お、化学機動隊とか書いてるし、青梅街道上で待機しているのは
どうもレスキュー隊らしい。
周りを見る限り、火事の気配もなく、煙もにおいもないのに。

普段、報道とは全く関係ない部にいるハハですが、
これだけたくさんの赤色灯を見ると、


イヤでもアドレナリン沸騰impact

しかーし、このときすでに19時29分!
自転車かっ飛ばしてもお迎え時間は過ぎている。
何があったの?知りたい知りたい!と思いつつ、
やはりムスメを捨て置いて記者の真似事をする訳にもいかず・・・。

結局、こうやって生活の方を選択し続けるわけだよ。
それがアタシってことなんだよ。

実は今日の午後、部長面接で評価Cと言い渡され、
ビミョーにへこんでいた自分に、この瞬間、妙に
納得したりしたのでした。

とはいえ、何もしなくて良いものかと思い、
思わず定期入れを探してみると、
あった。

社会部直通、電話番号。

何年か前に、常に携帯せよと配られたカードを
まだ律儀に持ってたさ~。

電話を受けてくれた記者さん、とある事件の続報かと思って
焦ったようですが、場所的に遠いなあ、とつぶやいて
「ありがとう、警察に確認してみます」と言って、
ハハ任務完了。

その後、テレビでは報道されていないところを見ると、
大したことではなかったようで。
ネットニュースで、3行ほどの扱いでした。

それよりも、社会部記者が思わず口にした事件、
まだどこでも報道されてないみたいだcoldsweats01




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アホティンでGO!

火曜日の出来事。

ハハが歯医者で会計をしているところに、ムスコから携帯にTEL。

「ママ!やぱいよ、やばいよ!!」となにやら緊迫した声。
やばいなんて言葉、いっちょまえに使うようになっちゃって、などと
思いながら、「何がやばいの?」と聞くと、

「あのさー家の階段の下で、モラしちゃって、床が濡れちゃって
いるんだけど、どうすればいい?」


アホティン!happy02

とほほーと思いながら、小声で
「洗面のところの引き出し、下から2番目にぞうきんて書いてある
ところから、どれでもいいから出して拭きなさい!!」
「せんめん、て何?」
「顔洗うところ!」つい声が大きくなってるハハ。
「濡れた服はどうすればいい?」
「脱いでかご入れときなさい。着替える前にシャワー浴びな
さいよ」
「えー、うんちモラしたんじゃないから、べつにいいよ!」

アホティン×2happy02

歯科の受付のお姉さんが聞き耳たてて笑っているので、
洗いざらいバラして大笑いして帰ってきた。

家に帰るとムスコが「さっき学校から電話があったみたい」と
言う。
(我が家はナンバーディスプレイと電話の鳴り分け機能を
組み合わせて、ムスコにはハハとオットとじいじばあばから
の電話しか出てはいけないと言ってある。)
何事かと思っていると、15分ほどして、ハハの帰宅時間を見計らっ
て、学校の担任の先生から電話がかかってきた。
「きょうは遠足で、Mくんもとても楽しそうに遊んでいました。
が、帰り道によそ見をして歩いていて、
電柱にぶつかって鼻血がたくさん出たんですが、
その後大丈夫ですか?」

アホティン×3happy02
そんな、マンガみたいなコトする子が、うちの子だったとは。

「あの、私さっき帰ってきたところで、いま初めてその話を
聞いたくらいですから、大丈夫なようです。わざわざお電話
いただいてすみません・・・」
いやーその後家に帰ってきてモラしたらしいですよ、この人、
と付け加えようかと思ったのですが、うら若き担任とムスコの
人間関係に影響を与えかねない(笑)ので、やめておいた。

その後、電話してきたオットにコトの顛末を全部伝えると、
ムスコは鼻血事件はすでにオットには報告し、
おモラシ事件は報告していなかったことが判明。
なんで?とオットに聞かれて電話口でムスコが答えるには、

だってさー、そういうことパパに言っても何にもならないって
いうか、
生活のことはママじゃないと。

だははははーhappy02
ボキャブラリーと実態のアンバランスさがたまらなくアホティン!!

ムスコ、その後も遠足で友達に披露したナンセンスギャグを
振り付きで見せてくれてるうちに、リビングの段差からこけたりして
小3男児、アホティンぶりは今が旬!って感じです。

はー、男の子ってこんなもん?

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スライサーに気をつけろ!

(痛みに弱い人、読まないように。)

日曜日のこと。
平日のいつもの時間より少し早く夕食にしようと準備を始めた。
メニューは豚しゃぶたっぷり千切りキャベツ添え。

久々にスライサーを出してきて、キャベツをスライス。
我が家のスライサーは厚さ調整ができてなかなか優れもの。
キャベツ4つ切りくらいの固まりをスライスし始めた。
おー切れる切れる、

と思った瞬間。

ざっくり。

右手親指の先をスライス。

♪まーっかに流れる~ぼくのちーしおー

こーゆーとき、オットは気が利く。
ハハが逆に見ている立場なら「あわてないあわてない」とか
言い
ながら、
要するに腰が重かったりするのだが、
バンドエイドとメンタム持って飛んできてくれるのだった。

んが、血が、止まらない。

輪ゴムで指を押さえて見ても、まったく止まる気配なし。

しばらく様子見てから、でもまあ、夕食作らないとならんし、と
バンドエイド貼ってみたものの、バンドエイドから血が噴き出す。
へたなホラーの小道具みたいだよ。
ともかくその上から輪ゴムとキッチンペーパーでぐるぐるまきに
したうえに使い捨て手袋をはめて、
なんとか食事の支度。作ったら力尽きたので、
食後の片付けはオットにおまかせ。助かった。

結局、血が「止まったカンジ」になるまで1時間かかった。

貼りっぱなしにするキズパワーパッドがたまたま家にあった
ので、貼ってみたのだが。微妙に血の固まりのように盛り
上がって来たけど大丈夫なんだろうか。
一日経って、なんとなくまだ痛いカンジもするので、
歯医者でもらった炎症止めの抗生物質を飲んでみた。
どうなることやら。

ちなみに。
厚さ調整の出来るスライサー、極薄にしておいてヨカッタ。

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ムスメ、年長の春

そして、ムスメも保育園年長に進級。
あと1年かあ!!と感慨深い。

ここのところの雨でもオットは朝の送り任務を全うしてくれてます。
感謝感謝。本当にこの任務から解放されただけで、
相当朝の緊迫感が違う。
最近は緊迫感なさすぎで、つい出る時間が遅くなりがちなのだが。

んで、ムスメは最近とみに漢字に興味があるようで、
読める字をあちこちで拾っては読み、
読めないものは「なんてかいてある?」とひたすら聞く。
こちらは教える気は全くないので、聞かれたら答えるくらいしか
してませんが、アニのチャレンジのおまけの薄い「漢字辞典」が
好きらしい。
(本当は下半分に描いてある漫画が読みたいのだけど。)
ひらがなの本はすらすらと音読しているので、びっくりする。
下の子だからか、女の子だからか?

でも、この1ヶ月くらい、突然意味不明の「hちゃん語」をしゃべり
出すことがある。
字に書き起こすのもかなり苦しいhちゃん語。
どうやら「ぴっきゃぶー!」というのはゴキゲンなときに出るようだ。
もしかして英語話してるつもりのデタラメ語なのか?とも
思うのだが、こちらの問いかけに対しても徹底的に「hちゃん語」で
返してくるときもあってあきれる。

そんなわけで、昨日思わず、
「ねえねえ、保育園でもhちゃん語、話してるの?」と聞くと即座に
「はずかしいからはなさない」
と答えるので、一家で大爆笑。

なんだ、やっぱり甘えてるだけなんだ。
ひたすら1年先に学校に行くのを楽しみにしている年長児の春。

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ムスコ、3年生の春

7日にムスコの新学期スタート。
いよいよ初めてのクラス替え。

今年は、杉並区が独自に導入した30人学級の制度のおかげで、
4クラスになることが決定していたので、クラスは28名。
2年生まで38人がひしめいていたのを考えると、かなり雰囲気が
違うんだろうなあ。

担任の先生は、とうとう来たか!の新卒女性の先生だそうで。
どんな先生なのか、来週の保護者会が楽しみ。
がんばれー、先生。

そういえば、2年の担任の先生は、なんと1年で異動。
学校通のおかあさんによると、校長先生と方針が合わなかった
らしい。学年主任もやっていたような先生なのに。
子どもたちからみれば、かなりいい先生で、和気藹々として
いたクラスだったし、教室に自分で買い集めた担任文庫や
趣味で海水の水槽を置いてクマノミを飼ってみたり(国語で海の
生物の教材があるから)、
ギター抱えて歌うたったり、ポケモンシールを宿題のごほうびに
くれたり。まめにクラス便りを発行して、写真もパソコンでプリント
したものをただでくれたりして、
相当な手間と自腹のお金をかけて(たぶん独身だからできたんだと
思うけど)、一生懸命子どものためにやってくれていた先生だった
のになあ。
ムスコのことをよく分かってくれていたので、担任でなくてもどっかで
見ててくれるといいなあと思っていたのだが。
ともかく残念。

自分自身の思い出の中で、勉強がおもしろい!と思えたのが3年生
くらいからだったので、この1年くらいのムスコがどんなふうに進んで
いくのか、結構重要な1年だなあと思っています。

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4回目のKL出張

3月25日~30日(思い出し日記)

3年目で、すでに恒例となってきた、3月のマレーシア出張。
今回は、昨年制作した子どもドラマの試写と、今年制作分の
企画立ち上げ会議で4日間。
昨年の帰りがやたらにキツカッタので、帰国日も1日取って、
少し余裕のある日程でした。

1,2日目が試写。
アジアの放送局12局が参加して制作した作品を見ながら、批評。
んがっ、インドとイランが出来ていないんだそうだ。
制作期間1年もあったのに、なぜ15分のドラマが作れない!?と
初めから脱力してしまう。

昨年6月に、東京で会議をした台本を基に制作したものだった
のだが、やはり、その前年シリーズよりやや質が劣っている
のでは?と思われる国のものもあった。

この「アジア子どもドラマシリーズ」は、言葉の違いを超えて理解
できるストーリーを目指すという制作ガイドラインがあるのだが、
(アフレコの手間を省く、子どもに字幕はなじまないという理由)
なのに今回はフツーに台詞劇を作っている国もあって、
「まじめに台詞なしで作った私たちの努力って一体・・・」(byまるこ)
という気も。
ガイドラインもきちんと守り、ちゃんと形にしていたのは私たちの
1本だけだったぞ、と密かに自画自賛。

で、他の国の作品中で私のお気に入りは、なんといってもモンゴル。
そして今回は短編映画のような上質の仕上がりにしてきた香港も
よかったなあ。(台詞あるけど)
昨年にも増して、吹き替えのアフレコが大変そうな予感ですが、
ぼちぼち夏休みの放送に向けて作業に入ります。

3,4日目は新シリーズのプロット会議。
今回は9カ国が参加予定。うち7カ国が会議に出席していたので、
それぞれ企画のプレゼンをしたのだが、やはりモンゴルの以外は
キラっとくるものがあまりない。(実は日本のも含め。)
私自身がもう3年目で飽きてきている、というのも
かなり大きい事実(笑)。
演出する後輩にすべて道を譲りたいくらいなのだが、
今回はシリーズ全体を統括するEPが私の上司なので、経験者と
してはむしろEPサポートにまわらなければならないのだった(T T)
そういう目で見ると、かなり苦労しそうな国もあるのだった・・・。

今回の収穫は中国の今までの全作品を演出していたディレクターに
会えてお話できたこと。現場をよく知るベテランの方で、
会議には通訳を連れていたのだが、ものすごく的確な意見を出して
くれるので、会議も有意義だった。
3日目の夜は、中国・韓国・日本のメンバー(密かに東チームとか、
極東組と呼んでいた。)総勢8名で食事をして、
いろんな話で盛り上がった。このシリーズのいう「アジア」は
大陸の西までを含む地域なので、結構価値観の差を感じたりする
こともあるのだが、東チームはある面では比較的似ている状況だっ
たりするので(とくに宗教とか)、話しているとホッとしたりもする。

4日目の午後は会議が早めに終了したので、
ローカルの人々に人気のインド料理屋さんに行き、
新しいショッピングモールの中のスーパーで買い物をし、
セントラルマーケットで子供たちに伝統的なマレー凧を買って、
外に出たところで土砂降りの雨に見舞われ、
チャイナタウンに向かう途中で30分ほど雨宿り、
少し雨足が弱くなったところで、ダッシュでチャイナタウンの
アーケードのあるところまで行って、
モノレールの駅を目指そうにもまた雨が強くなって、
アーケードに逆戻りして、カフェを見つけてみんなでビール一杯。
30分ほどでようやく雨が上がり、モノレールでホテルに戻る。

夜は、会議の準備をしてくれた事務局の新人マレー人男性が、
日本語の練習をしたいというので、みんなで夕食。
KLで一番オシャレなスポットにある、なぜか日本料理ベースの
カフェバーに行く。
このマレー人男性から見ても、インドやイランの人たちの仕事が
遅い、言い訳ばかりするのは許せないんだそうだ。
といっても彼のお父さんが日系企業に勤めていたという縁もあって、
「私は、どちらかというと、日本寄りな感じかもしれません」と
日本語で言ってました。
そして彼はスカイプやミクシィを駆使して大阪在住の女性と遠距離
恋愛しているそうで、今年の休みに初めて日本に行く予定なんだ
そうだ。出会ったのもネットだそうで、いやはや、
インターネット世代の遠距離恋愛の行き着いた先を見せてもらい
ました~。

そうそう、今回もマッサージ三昧で、お疲れのEPと担当部長も
連れて、私のKL行きつけの(笑)マッサージ屋さんに行きました。
お二人とも日本ではマッサージはあまりしないとのことだったけど、
ずいぶん気に入った様子。あの感じでは、7月の第2回会議でも
行くな。

帰国日、迎えのタクシーのドライバーが、担当部長の隣の席に
座っている、先輩のOさんにソックリ!!もう笑いが止まらなくて、
空港で荷物降ろした後、なぜか一緒に写真を撮り、全員で握手
したりしていた(笑)。たぶん本人はなんのことやら分からなかった
ハズ・・・。

というわけで、花粉症から逃れられて幸せな6日間でした。

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ムスメ5歳

3月14日(思い出し日記)

またも、一ヶ月半のご無沙汰!とりあえず家族全員元気です。

3月14日は、ムスメ5歳の誕生日でした。金曜日だったので、
買ってきたご飯ではありましたが、ちょっぴりパーティっぽく夕食。

失敗だったのが、ケーキにつけるろうそく。
我が家恒例の「数字キャンドル」を買い忘れてしまい、
ムスメにごめん~と謝ると、「いいよ。」とあっさり許してくれた。
ムスコのまねをして「チョコレートクリームののデコレーション」にして
もらえただけで満足だった様子。
プレゼントは、実は前の週の休みに買ってもらって、
誕生日まで我慢が出来なかったディズニープリンセスのDSソフト。
それでは誕生日当日が少し寂しいかも?と、髪を結ぶゴムに飾りの
ついたもの(なんて言うんだっけ?)、
きらきら系2種を買ってあげました。
ムスメ、意外と物欲がないので、プレゼントに悩んだりする。

保育園のクラス便りで、おたんじょうびコーナーのインタビューが
載っていて、
「好きな遊び=おままごと」
「将来なりたいもの=
         会社でお仕事する人」と書いて
あって、爆笑した。
思い出す限り、他のお子さんたちはみな「プリキュアアクア」とか
「ゲキレッド」だったはず。
そして、ケーキ屋さんでもお花屋さんでもなく、現実的。
「じゃあ、hちゃん、会社の社長になったら?」と言ったら、
「しゃちょうはおとこだよ!」と、どこで覚えて
くるのだか、最近とみに性差を意識した発言。
「おんなの社長もいるんだよ!」とプッシュしておく。
どんな会社のしゃちょうさんになるのやら?


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ムスコ、8歳

(思い出し日記)

2月21日は、ムスコ8歳の誕生日。
今年は木曜日という中途半端な平日だったのと、
オットが仕事で遅くなるというので、
三人で軽く買ってきたご飯でお祝い。

今年のプレゼントは。
「wii」と「ジャンボうまい棒」(推定60本入り)でした。
(写真がうまくアップできなくて、はや数週間。)

思いがけない入院があったので、まずはその後何事もなく
誕生日が迎えられただけでよかったよかった。

「8歳」といえば、退院した後まだ自宅療養中のこと。
私も仕事を休んで時間をもてあましていたので、ギョウザでも
作るか…と買い物に出かけた。
自宅から一番近い小さいスーパーに行くと、なんとギョウザの
皮は売り切れで、入荷は5日後なんて書いてあった。
農薬ギョウザ事件が発覚したのがちょうどムスコの入院中だった。
皮も自分で作れば良かったのだが、思いつきで行動して
いるので、一から作るにも別の店を当たるのにも、
ちょっと遅い時間だった。
家ではギョウザ大好きムスコが、作ってくれるものと思いこんで
待っている。
仕方なく、なんとなく買い手がつかなそうに見える
「チルドぎょうざ」
のパックを買って帰った。
ご丁寧にも「国内の工場で製造されています」と印字してあったり。

家に帰ってムスコに見せると、「冷凍じゃないよね?」
疑惑の目。
大丈夫だよと言いきかせているうちに、さめざめと泣き出す。
「死ぬのはイヤだ。」
しくしく。
「8歳まで生きていたいよお。
      
おおおおおお!」
声を振り絞って慟哭。
ムスコの入院中に一緒にニュースを見ていて、やたらメタミドホス
なんかに詳しくなっていたのだった。

そうか、そうだよね、川崎病も後遺症なくやり過ごしたのに、
ここでギョウザでは死にたくないよなあ…

「んじゃー、ママが先に毒味してみるから」というと、
「うん、ママが食べて30分経って大丈夫だったら食べる」
とのたまう。
さっきの慟哭はどこへやら。

かくして、ハハが一口食べた。
「ウッ!」と一芝居打とうかとも思ったのだが、
今のムスコにはシャレにならなそうだったので素直に
「おいしーよ。」
と言ってやった。
それでもやや疑惑の目で迷いながら、しばらくしてからムスコも
恐る恐る食べる。
「うっっまーい!」と笑顔爆発。

というわけで、8歳まで生きられてよかったね、ムスコ。
石橋を叩いてもすぐには渡ろうとしないその性格ならば、
108歳までも生きられるんでは?と思うぞ。

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弱り目にたたり目

2月13日(思い出し日記)

ムスコの退院一週間の検査も無事に終わった日の夕食。
ハハの隣に座るムスメの左目のまわりが急に赤くなっている
のに気がついた。こすった後のようにも見えたのだが、
ムスメに聞くと痛くもかゆくもなく、こすってもいないという。

オットも早く帰っていて一緒にいたので、大丈夫じゃない?
なんて言っていたのだが、
翌朝起きると、ムスメの左目は目やにでいっぱい。
こんなことは初めてだったので、眼科に行かねばならないと
すぐに思ったのだが、ふと、イヤーな予感がよぎる。
ちょっと前に保育園からもらった「ほけんだより」で、
「流行性結膜炎」に罹ると登園禁止になるというのを読んだのが
頭をかすめたのだ。
ハハが眼科に連れて行って、遅れて仕事に行くつもりだったの
だが、登園禁止となっては困ってしまう。
うーん、と唸っていると、
オットがあっさり「俺、休む。」と言ってくれた(T T)
2月半ばだというのに、その時点でのハハの出勤日は
たったの3日だったので、
オットもさすがにヤバイと思ってくれたのだろう~。

安心してオットにムスメを任せて出勤し、昼を過ぎた頃に
オットから
「やっぱり急性ウィルス性結膜炎だって。」と報告。
弱り目にたたり目で流行目だあ~。(泣)

ムスコ入院中も、ムスメが健康でいてくれるだけでとっても助かったの
だが、さすがのムスメもパワー切れたか。
翌日はハハが休んで、ムスメと二人のんびり過ごし、
なんとか4日目で治癒証明書をもらえるまでに快復したのでした。

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退院後一週間の検査

今日は退院後1週間のフォロー検査。
この一週間特に体調の変化もなく、食欲旺盛。
前の2回の経験では、ものすごい寝汗をかくようになった
のだけれど、今回はさほどひどい寝汗はない様子。
連休明けの昨日から学校に戻った。
今日は、4時間+給食という時間割だったので、
早退せずに帰ってきて、電車を乗り継いで病院に向かった。

予約時間にいい感じに間に合い、すぐに心エコー。
いつもより丹念に見ている感じがして、画面を見ながら
実はものすごーくドキドキしていた。
(見てもハハにはよく分からないのだが。)
いつもなら、終わったその場で「大丈夫ですね~」とか言ってくれる
のだが、今回は担当の先生とは違う先生が見てくれたので
その一言もなく、ちと不安…。
でもいくらなんでも問題があったら、担当医でなくてもその場で
何か説明してくれるものだろう。ムスコとムスメと合わせたら
何回見たか分からない心エコーの画面を見つめ、
段取りとしてはいつも通りに終わっていたのだから、
きっと大丈夫…と診察室の担当の先生のところへ。

担当の先生、エコーの画面を確認して一言。
「大丈夫です。丈夫な心臓ですよ!」catface
入院当日の日から比較して、冠状動脈はずっとほぼ同じ
状態ということは拡張もしていなかったということです、との説明。
はひー。良かった。

一応、また一週間後に心エコーをして、その後は発病3ヶ月後の
予定とのこと、今後の見通しも立って一安心。
薬は来週まで同じくアスピリンを朝1回のみ。次回には量が減らされ
るはず。

今日は比較的待たされずにすんなり終わったので、
帰りにはムスコとデート。
PIECE of PEACE~レゴで作った世界遺産展PartII に行った。

ひょえー。って感じでした。しかも作るのにたったの3日とか
いう作品もあって、びっくり。レアなパーツ、同じのを何個も
ふんだんに使ってるところとかをうらやましくムスコは見ていた
ようでした。(アンテナのバーツとか、車のライトとしてよく使う、
透明のちっちゃいヤツとか)
帰宅ラッシュに巻き込まれないうちに帰ろうと、足早に見て
帰って来たのがちょっと残念だったかな。

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退院しました。

ムスコ、3回目の川崎病で入院していましたが、
11日目の2月7日(木)、退院しました。

その前の5日(火)の夕方から2日間外泊で自宅に
戻っていたので、木曜日は検査のためだけに病院に行き、
着いてさっそく採血。今回は、終わった後に涙が出て
しまったけど、大分よく我慢していた。
そんなことに慣れてくるのもなんだか切ないけれども。

そしてお昼ご飯食べて午後は心エコー検査。
今回も今のところ、冠状動脈に問題なしとのこと。
来週もう一度検査に来ることで、めでたく退院許可が
下りた。

様子を見て8日(金)は学校は休ませたのだが、
学校に教材費を持って行く締め切りの日だったのと、
とりあえず病気のことを先生に知らせておくために、
ハハ一人で午後先生に会いに行った。
ムスコの担任は、やはり川崎病についてはあまり知らな
かったようなので、一通り説明し、
アスピリン服用を続けている間の大けがやインフルエンザだけ
注意が必要なことを伝えておいた。

保健の先生にもついでに話ができた。
この先生は先生としては新人らしいのだけれど、
看護師さんとして病院勤務経験があるらしく、川崎病に
ついてももちろん知っていたので話は早かった。

怒濤の2週間、ハハは鼻風邪をひいてしまい、
なんともダルダル。もしかしてもう花粉症なのか?

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経過は良好

ムスコが3回目の川崎病で入院して、今日で6日目。
経過は良好です。

γグロブリンの点滴が27本で、丸一日以上かかったのですが、
29日(火)の深夜に点滴が終了。それまでにはほぼ熱が下がり、
これまでのところ熱が再燃する様子はナシ。

あと7本で終わりだよ、というところまで来た頃、点滴の針を
刺している左手の甲が痛みだし、むくみも出てきたため、
急所右手の甲に差し替えることに。
採血や針を刺すのが大の苦手のムスコ、差し替えると聞いただけで
すでに大泣き。実際に刺す時には、ハハは外していたのですが、
かなり暴れながら抵抗し、「吐きそう!!」とまで言って
先生を慌てさせていた。(実際には戻さず。)

すこし落ち着いたところで話して聞かせる。
「痛かったよね。痛いのは分かるよ。でも、きっとイタイんだ、
イタそう、ヤダヤダって身体を硬くしていると、チョッ 
触っただけで ウィッ!? となってものすごーく痛く感じるんだよ。」
と言いながら、チョッとムスコを指先でつついたら ウィ!? と
飛び上がったので、ムスコ自身がケラケラ笑い出す。
この「チョッ と触ったら、 ウィ!?」
というナンセンスなやりとりを
何回かやっているうちに、ムスコの涙が晴れた。
所詮はまだ2年生、笑いのツボは浅い。

刺す痛みをやり過ごす3原則を、ハハはムスコに唱えて聞かせた。
「見ない。動かない。そして先生に”なるべく痛くなくお願いします”と
だらーんと身体を預ける。」
とは言ったものの、まだあと何回か炎症反応の数値を確かめるためには
採血はしなくてはならないのだ。ムスコの気は重い。

点滴の後、主な症状だった首のリンパの腫れと痛みはほぼ治まり、
発疹や手足の赤みも消えた。前2回は目の充血もわりとすぐに治まったと
思ったのだが、今回は目の赤さが少々残っているのが気がかり。
この「目が充血する」というのが川崎病最大の特徴らしく、高熱が続いて
「目が赤い」となるとすぐ川崎病を疑った方がよいようだ。実際、今回も
熱が出て二日目あたりから片方だけ目の充血が始まっていたのだった。

入院4日目の31日(木)、心エコー。
見える範囲では冠動脈には異常なしとのこと。一安心。

金曜日には、点滴の管も外されたので身の回りのことが自分で出来る
ようになったので、午後、ハハは仕事に出かけた。

今回は、オットと交代で夜の付き添いができたので、
一昨年の4月にムスメが入院したときに比べれば、格段に楽だ。
それに3歳だったムスメに比べて、「ちょっと電話してくる」とか
「ご飯食べて45分で戻る」と言って離れることも出来る。
前回はそれが全く出来ず、まるまる1週間つきっきりだったので、
よくやってたよアタシ、としみじみ思った。

今日は、昨夜からオットが泊まり、ハハは家で久しぶりにムスメと
二人ごろごろだらだら。今日はオットも夜は帰ってくる予定なので、
初めて夜一人で寝ることになるはず。明日の午後にまたハハが
月曜朝の採血に備えて泊まり体制で行くのだが、
さてどんな顔して迎えてくれるものやら。


 

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川崎病、三たび

2008年1月28日(月)から、ムスコが入院しました。
まさかの川崎病、3回目の発病です。

1回目がちょうど4年前の2004年1月(3歳11ヶ月)、
タイ・バンコクでの発病と治療、
2回目がその3ヶ月後の4月東京に戻って再発、治療。
幸いにも2回とも心臓の冠動脈には後遺症がなかったのでした。
その後の定期的な心エコーのフォロー検査も欠かさず、
昨年の6月の検査でようやく、
「3年無事に経過したのでまず問題ないでしょう。次回は中学入学を
目安に、学校が検査を指示した場合に対応する程度で良い」と
お墨付きをもらっていたのにもかかわらず。
4年も経って、3回目などということが、あるとは…。
ましてや、その間にムスメも罹っているわけで、我が家的には
4回目の川崎病なのだ。

いま、ムスコは信頼できる病院に入院して、γグロブリンの
大量投与中。
体重も以前よりぐっと増えているので、約27時間の長丁場。
今回も後遺症が出ないことをただただ祈るのみ。

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はじめの一歩の中川さん

岡山のシンポジウムでご一緒したのは、中川ひろたかさんと
長谷川義史さん。お二人で共著の絵本を出していらっしゃいます。

実は、初めてのシンポジウムなどという場で何をしゃべれば
いいんだろうと、自分のことでいっぱいいっぱいだったので、
お二人のことをよく知らずにのこのこ出かけていき、
「うわーすごく面白い方たちだなあ」と感心して、
中川さんの”集大成”と銘打った『ピーマンBOX』という
本を買って帰ってきたわけですが、読んでみてさらにびっくり。

あの卒園式に泣かされた歌・『はじめの一歩』は

中川さんの作曲だった。

ムスメがいつもエンドレスにうたってる『うさぎ野原のクリスマス』も
中川さんの曲だった(TT)。

後悔先に立たず、覆水盆に返らず。
あわててお礼のハガキを出し、「不勉強でごめんなさい。無意識に
ファンでした。」と失礼で恥ずかしい~ことを書き連ねました。

中川さんの奥様が鎌倉に絵本が読めてCDが聞けてお茶が飲める
すてきなお店『SONG BOOK Cafe』を開いているそうです。
「ぜひいらっしゃい」と誘ってくださったので、
子どもたちを連れて行こう!と思っています。

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千枚漬け

千枚漬け
観光する時間なしの予定が、午前中1時間ちょっとだけ街をぶらぶら。路面電車に乗って岡山城を外から眺めて来ました。後楽園はまた今度。
路面電車、行きは降車ボタンを押すと「チン」と鳴る古い車両、帰りは木製腰掛けが北欧風のおしゃれなトラムでした。運賃は100円と140円の二段階で安い!でも地元の方によるとやはり存続の危機にあるそうです。

昼過ぎから「父親の子育て支援」関連のシンポジウムがあり、番組の話をして来ました。
紹介を受けてひとこと「かぶは千枚漬けしか買ったことありませ〜ん」と言ったら滑った(泣)。
「ここ笑うとこですよ!」と司会の方がフォローしてくれたが。
シンポジウムとしては全体的に散漫な話で終わってしまったのですが、ご一緒した絵本作家の方の話がかなり笑えたので楽しかったなあ。

帰りに岡山デジタルミュージアムで、「インカ・マヤ展」がやっていたので駆け足25分で見た。去年の夏、上野で見損ねてたのでラッキー。このミュージアムは岡山駅直結で、岡山放送局と同居している。流行りのガラス張りビルで新しくてキレイ。

駅できび団子買ってみぞれまじりの岡山を後にしました。
雪で新幹線止まらないか心配してたけど、無事名古屋を越えたところ。まだ本一冊読めそうだな。

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着いた

着いた
ようやく到着。
これから打ち合わせ。

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本州の西限

本州の西限
番組関連のシンポジウムに呼ばれて岡山に向かってます。子どもたちはオットと一晩お留守番。
出掛ける前、ムスコがしみじみと「そのお仕事休めないの?パパが具合悪くなっても?」と聞く。今週は木曜日までオットがバンコク出張だったので、入れ替わりでハハがいなくなるのが気になったらしい。「うーん今回は代わってくれる人がいないんだよねー。」と言うと 「あー補欠みたいな人?」と言う(笑)
今回はさ、ハハがすでに補欠なんだよ、しかも三番目くらいのさ。
というわけでわたくし的に本州の西限は今まで神戸だったのですが、初めての岡山入りです。観光してる時間が皆無なのが残念。

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今年もよろしこ。

今年もよろしこ。
2008年あけました。今年もどうぞよろしこ。
今年はムスコ3年生、ムスメ年長。少し仕事に体重掛け始めようかなあっと。体重そのものは減らしたいけど。毎年言ってるが。
カンタンにお雑煮とおせちの朝ご飯のあと、千葉のオット実家でご馳走三昧です。

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ローストチキンに挑戦!

ローストチキンに挑戦!
今年は自分でチキンを焼いてみた。思ったより数倍カンタン。

KFCに二時間並ぶより早くて安い(笑)

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合格しちゃったよ

10月14日に東大で受験した試験、合格しちゃってました。

受けたのは「日本語教育能力検定試験」。
外国語としての「にほんご」を教える能力を測る試験で、日本語教師として働く場合はこの試験に合格していることが採用条件になることが多いもの。

と、言っても別に日本語教師にいますぐなるわけではないんですが。
老後の楽しみ、ですかねえ。
外国語としての日本語を意識し出すと、仕事で文章書くのにも結構役に立ってます。

それにしても、1年前に始めた通信講座「6月までに終わらせて試験勉強する」などと目標を立てていたけど、24冊のテキストのうち10冊しかやらなかった(T T)。
試験には合格したものの、結局、期間延長して残りのテキストをやらなければならないわけで・・・。
しょーがない~やるかあ…。
なんだか合格したのにあんまり晴れ晴れしていないのは、なぜ!?

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最近のおしごと。

すっかり月イチ更新になってしまいました。

11月半ばから、とある番組プロジェクトに2ヶ月だけお手伝いに行っており、普段いる部署ならまずやることのないドキュメンタリー番組の「ですく」をしてます。
遙か昔、自分がドキュメンタリー作っていたころの「ですく」のイメージが強烈だったもので、この私がエラソーに「ですく」ですか~?と思いつつ、おそるおそる始めてみたら・・・。

なんか面白いし、「ですく」できるじゃん、アタシ。

いやほんと、ドキュメンタリー番組作るの10年ぶりくらいですが、そこそこ年も重ねてますし、番組の性質上「見てて楽しいものにする」という目的が明快。そしてストーリーを作っていくのは本業ですから、ドラマ的に面白くすればいいわけね…と割り切れば、私が思う方向があながちハズレではないということが分かってきた。取材するディレクターさんの立場だと、どうしても事実にしばられてしまってメリハリがなくなってしまうところを「ここをそぎ落としてこういう見方をすると面白いかも?」とかエラソーに言ってます(笑)

で、このプロジェクトは「ワークライフバランス」が番組のテーマでもあり、プロジェクト自体のテーマでもあるので、各曜日ごとのルーティンワークが決まっていて、基本的に全く残業なし!で回っている。プロジェクトメンバーは固定ではなくて、番組1本作るために入れ替わり立ち替わりやってきては去る。「ですく」でさえ期限付きで交代制なのだ。

この仕事の話をもらったとき、さほど乗り気ではなかったのだけれども、やってもいいかな~と思ったのは、前任の「ですく」が仲良しの同期のママさんディレクターだったからでもある。報道系の番組をずっとやってきた彼女と一緒に仕事をできるなんて思っても見なかったので、知らない人から引き継ぐより楽かな~とも思い…。

んがっ!引き継ぎの当日、肝心のその同期は「プロジェクトルームにいる●●さんと○○さんの言うことを聞いていればともかくなんとかなる」というメールを残して自分の本業の番組のロケに行ってしまったのだった。引き継ぎ、皆無。

あれから3週間たちましたが、いやーいきなりやっても意外とできるもんなんだあ、と自分に感心感心。

そして私の任期中の大命題は「新規プロジェクトメンバーを大量にスカウトすること」なので、引き継ぎゼロでも「ですく」できるよ~と話のネタに使わせてもらってるところなのだった。

そんなわけで、番組HPは ここ。
番組の感想や出演したい方、大募集中です。よろしこ。

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またやってもーた

またやってもーた
昨日の夜、珍しくオットが早く帰ってきた。
「ハイ」と差し出したのはチューリップとバラの紅白の小さい花束。がー忘れてた。結婚記念日。5日くらい前までは頭にあったのにすっかり…。特別なご馳走もなく普通の晩ご飯で「結婚おめでとう」でした。

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壮大な計画~ゴールは2011年

昨日の思い出し日記でも書いたのですが、思い切り前歯を抜きました。
向かって正面から右へ2番目の歯で、笑うと思い切りそこは暗闇の穴になって、ホントーに絵に描いたようなコント顔になります。志村けんがやる頭悪いコドモって感じの。
ムスメとムスコに頭悪そうなアホ顔を見せつつ、「歯を磨かないとこうなるゾ」と脅すいい材料にはなってます。とはいえ、さすがにスカスカして話しにくいので、仮の歯をボンドでくっつけてもらいました。これがまたかなり変なんですが。(抜歯後かなり異常な肩こりなのは、歯の状態のせいではないかと思う~)

そして今日、とうとう矯正歯科に相談に行きました。
会社近くで明るく活気がある病院で、なんか身構えていったのですがすごく感じがよい。綾戸智恵風のキャラクターの先生に歯を診てもらうと
「うわ、がたがた。今まで矯正したいと思ったことはなかったの?」
言われ、「いえ全然。」と言うとかなり驚かれた。
初めて言われたのだが、そもそもかみ合わせが深すぎて、本来の噛み方が全くできていないらしい。「イー」とした時に下の歯が上の歯に隠れてほとんど見えない。(しかし出っ歯
ではない。)この噛み合わせを直し、抜いた歯の場所に、今は変な位置にいる八重歯を動かして入れる。歯の本数を合わせて噛み合わせを調整するには、あと3本歯を抜かねばならないとのこと。

そして期間はというと、器具をつけて2年、保定するのにさらに2年
4年がかり。絶句。

思えば小学校2年生くらいの時だった。変な位置に前歯が出始めたのが子供心にヤバイと感じて自ら歯医者に行きたいと申し出たのだが、「八重歯の娘を持つのが夢だった」と母に真顔で言われて歯医者には行かないでくれと懇願されたのだった。今思えば、歯医者に行く時間も余裕もなかっただけなんだと思うけど。
自分で稼ぐようになって、何度か「この八重歯抜いてしまいたい」と思って歯科で相談したものの、矯正歯科ではなくて普通の歯医者さんだったこともあって「歯は抜かない方がいい」と一般的なことを言われ、それよりもその八重歯のおかげで虫歯になって苦労した下に隠れた歯の治療に明け暮れて終わる、という長い長い苦労の日々だったのだ。
役立たずだと思っていた八重歯(犬歯)は歯の中で一番根が長くて丈夫なので、滅多に抜かない歯だと今回教えてもらい、また全く噛み合わせに関係してない位置にあったので状態もよく、動かすことができるのだそうだ。

それにしても、4年だよ。
4年後といえば2011年。アナログ放送停波の年だよ
はああああ。人生やり直すつもりでやってみるかー。
壮大な計画のはじまり・・・。
ま、口が思うようにならないと食べる量も減るだろう、ダイエットも一緒に片付けてしまえ。

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思いだし日記@10月

立冬、でしたね。もう今年も残りわずか…。
更新しないまま10月過ぎちゃったので、つれづれなるまま思い出し日記。

まずは仕事編。
子どもドラマのロケの後、すぐ編集に入ったものの、自分が演出でないと意外と暇なのだということを身をもって知る。編集プロセスで、実は演出が強調したかったことと私がもっとも重要だと思っていた要素が違っていたことが判明。ロケ中の謎が解けたのだが、現場でどこまで口を出すべきだったか、迷いがあったことが悔やまれる~。
CG作成のあいだ2週間ほど残務処理など。
23日音楽録音。劇伴収録の段取りにあまり慣れていない方だったので、かなり収録に時間がかかったが、できた音楽はなかなかよかった。
29日、試写。毎度のことながら、ゆるーく褒められて終わった。31日関係者試写&打ち上げ。
約8ヶ月かけて作ったドラマが完成。今頃、共同制作の各局にむけて輸送中。
思えば、私が書いたA4の紙ペラ1枚から始まったわけで。また演出と制作の違いもいろいろ身につまされて感じた経験でした。来年のシリーズもEPのサポートで入りそうな勢いです。さて、次はどんな話にしますかね~。
後期10月開始の番組の仕事が入ってきて、通常業務もバタバタ。

ライフ編。
10日、人間ドック。毎年6月くらいに受けていたのをようやく受診。初めて脳ドックなるものを受けました。結果は…ナイショ。
14日、東大(で)受験。昨年の10月に高らかに宣言した検定試験です。結局通信講座テキスト24冊のうちこなしたのは10冊、ほかは試験対策本を3冊ほどやって、「ま、今年は落ちるつもりで受けましょ」と受けてみたんですが、自己採点では75%くらいの正答率。あとは記述式の採点次第で受かるか落ちるかビミョーなところ。なんの試験だったかは、合格したアカツキに!
16、17日、念願のフォトリーディング講座を受講!!このために約1年お金も貯めてましたさあ。行ってみて、高い受講料の価値があったかというと「損はしてないかも」という感じかな。数ヶ月先まで予約が取れない状態で、1年くらい受講のタイミングを見計らい続けていたのと、開講の10日前に偶然募集を見つけて申し込めたのはすごくラッキーだと思ったので。フォトリーディング自体は実地で使いこなすしかないようです。
ばしばし本読むぞ~。
20日、オット誕生日。風邪で家族それぞれ調子悪く、手作りピザでお祝いしたものの
盛り上がらず。ううう。ごめんよ、オット。
24日20年来悩まされ続けた歯を抜いた。思い切り前歯!笑うとかなりコント顔。
抜けたところは、これも30年以上役立たずと思われていた八重歯を矯正で動かして隙間を埋めるという大胆な話(&気が長い上にお金がかかる話。)インプラントはリスクが大きい場所なのであまり勧められないと言われてしまった。この年にして矯正?とも思うのだが、かなり悩まされていた八重歯だったので、この際人生やり直すくらいのつもりで矯正することになるのだろうなあ。
27日、ムスメ保育園の運動会。朝から思い切り雨。でも借りている小学校の体育館で予定通り開催。ムスメの玉入れ姿に大笑い。ぴょんぴょん跳ねるだけで、玉は地面に打ち付けている(笑)その姿がおかしかったよ~と言うと「わらっちゃだめなんだよう」とまじめな反応でした。

こんな感じの10月でした。

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遠足弁当

約一ヶ月ぶりの更新です。
一家四人、特に病気もなく元気です。

オットの保育園送り業務もすっかり定着しました。
朝起きて小雨など降っていると、泣きが入りそうな表情でうらめしく空とハハを見つめるのですが、文句も言わず行ってくれています。さすがにしんどいときは「明日早いから、保育園の送り頼んでいいかな…」と事前申告するようになったので、それはそれでヨシとして、2回ほど交代しましたが。

オットが生活の戦力になったのと同時に、来年の子どもドラマの撮影が始まることになり、月金の4泊5日の泊まりロケに行くことになりました。
シッターさんで平日5日間乗り切るには辛いモノがあるなあと思いつつ、よく見ると月曜は3連休で休みだからシッターさん4日で行けるかな、と踏んでいたら、
9月の保育園の「園だより」をもらってびっくり、
ムスメの遠足は9月26日、泊まりロケの中日の水曜日と書いてあるではありませんか!(園行事の日程は4月にまとめてもらっていたのですが、遠足だけは9月で未定ということだったのだ~)
その上、オットの日本の会社は月曜の祝日は基本的に休みではないという大事なことも思い出し、さーどーする?
ひさびさのるすばん問題発生。

なにしろオットの家事の難問は、食事なのです。
食事作り以外は基本的にできるんですが、本人もソレは自覚していて「DSお料理ナビ」など買ってヤル気を見せていたりもするのですが、問題は「遠足弁当」。
いきなり高いハードルです。

いろいろぐるぐるシミュレーションしてみました。
オットの母に遠足の前日から泊まりで1日だけ来てもらうか?
それともご近所さんにお弁当だけお願いしてみるか。
そしてやはりオットに弁当作ってもらうか。
「弁当って何作るの?」と聞くので、「おにぎり2個と、タコちゃんウィンナーとブロッコリーにミニトマト、あと、うさちゃんリンゴは外せないな」と言うと、オット無言。
しまった!
「あーでも冷凍食品詰め合わせでもいいし、お総菜買ってきて詰めるだけでもいいよ!」とハードルを低くしてみたものの・・・。
「ごめん、やっぱりできない・・・」と白旗
まあ、4年前に初めてムスコの遠足弁当作るために、そういやハハは休み取ったっけなあ。(←そういうお母さん多かった。保育園ハハは弁当作り慣れてないから 笑)

よくよく考えると、5日間留守にする間に洗濯も溜まるだろうし、シッターさんに夕食の指示を書いて置いたりするのも、今のオットにいきなり全部やれというのも無理かもしれないな、と思い至り、改めてロケの具体的なスケジュールを見直してみました。
今回ハハは演出ではなく「ぷろでゅーす」という立場で後輩をサポートするのが仕事。その上、今回のロケは田舎の一軒家を借り切っての撮影なので、付きっきりで現場に居なければならないわけでもない。
ムスメが楽しみにしているたった年1回の遠足弁当、しかも遠足行って帰ってきた日に
シッターさんのお迎えというのもちょっと寂しいかも…。

と、いうわけで、昨日ロケ現場を離脱して2時間かけて夜中に家にたどり着き、今朝2日ぶりに会ったムスメの第一声は
「えんそくだよ!あめがふったらとうきょうとじどうかいかん!」
でした。
「今日雨は降らないみたいだよ。雨じゃなかったらどこへ行くの?」と聞くと
「うーんとー、ひろいところ。」(光が丘公園でした。)
ムスメは遠足の持ち物を全部ハハに言って聞かせてくれて「遠足のおしらせ」通り完璧に覚えていたので、感心。
予定通りタコちゃんウィンナーとうさちゃんリンゴ入りのお弁当を持たせて、無事オットと一緒に出かけて行きました。

出かける間際、ムスメの髪を結んでいると
「つくってくれてありがとう、おべんとう」
ムスメが言うので、帰ってきてよかった~と朝からしみじみシアワセを噛みしめました。

そして戻ったついでに別の仕事を済ませて明日にはまたロケ現場に戻ります~。

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リスタート中

というわけで、オットが帰ってきて早4週間。
途中夏休みの旅行があったりなどしつつ、週末を中心に4人家族リスタートに必要な「生活たてなおし」な日々が続いている。

まずは、るすばん生活中に一番後回しにしてきた「片付けや整理」をどうしてもやらざるを得なくなり、あちこち片付けたり、模様替えのようなこともしている。オットの荷物が増えたのと、バンコクの家でホテルライクな生活(メイドさんがいつも掃除してくれている)に慣れきっていたオットにはちらかっていて使いにくいアレやコレやが気になって仕方がないらしい。もちろんハハも片付けることに異議はないので、大いにやってちょ!と思い、自分も「キッチンシンク下の整理するか~(←3年越しの課題)」とカタログで収納家具を見繕ったりしている。

生活で大きく変わったのは、
めでたく保育園の送りがオット担当になったコト!!
(駐在以前に朝送りをオットが担当してくれたのは、3回か4回だったと思う。それもハハが保育時間より早く出勤する日に限ってのコトだった。)
8時過ぎにオットとムスメを送り出して、多少余裕かましながら朝食の片付けや洗濯干しなどしてから出かけられるのは、なんて気が楽なんだろー!!
ただし、自転車はオットが使って行ってしまうので、久々の歩き通勤。(暑い日々が続くので、こんじょナシでバスもよく乗る)
オットにしてみれば、駐在中に大きくなってしまったムスメとの関係を作り上げるいいチャンスなのでは?と、勝手に思っているが…。

そんなこんなの最近です。

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サンキュー!39!!

(超思いだし日記)

7月31日は、ハハの「9さい」の誕生日。なんで「9さい」なのかは
去年の誕生日の日記を参照のこと(苦笑)。

そして、我が家のるすばん生活のゴォォォォォォル!の日
でもあった。
3年9ヶ月の海外単身赴任からオット、「本帰国」(←駐在用語ではこういうらしい)。

よく頑張った、オット。よく頑張った、ムスコ&ムスメ。
そして
本当~にっ、よくガンバッタ、アタシ!!

というわけで、るすばん生活無事終了、サンキュー3年9ヶ月ってことで、
今年の誕生日ケーキは、ハハお気に入りのコクシネルに決めて
このようになりました。

39




でもま、ちょっとしたすれ違いがあって、御祝いムード一色には
ならなかった夜だったのですが・・・・以下割愛(^^;)。

というわけで、いろいろあったるすばん生活、みなさまに見守れ支えられて
無事終了いたしました。ありがとうございました。
サンキュー!39!!

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来週放送!

自分で予言したとおり、足下すくわれるようなコトが実は
二つほどあったのですが、大事には至らず、
なんとか来週放送にこぎつけました!!

来週30日(月)~8月3日(金)まで、午前10時からです。
番組ホームページは ここ
スケッチブックのバナーから行ってください。
番組の感想はこのブログではなくホームページによろしく~。

15分ドラマ一本の演出と、
各国ドラマの日本語版の制作演出と、
1日3ヶ国分ずつ見る番組5日分の制作演出を、
全部やりました。ほぼ一人仕事。
ほそぼそ~っと、この2ヶ月あまりやってました。
最初のマレーシアの企画会議から考えると、
もう1年4ヶ月も関わってきているわけで。
なかなか感慨深いです。

あとは放送が飛ぶような大事件が起こらないことを
祈るのみです~。
ひさびさにドキドキしながら残務整理をゆるゆるとやってる毎日です。

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久々の平日休み

Casa_blanca

今年、本格的に復活したテラスガーデニング。夏はホワイトガーデンを目指してせっせと白い花を集めました。今の主役はカサブランカです。



久しぶりに平日休みです。ムスメは保育園、実家から来てもらっている母も出かけていて、日中一人で家にいるのって、いつ以来だろう?

先週一週間、3ヶ月掛けて準備してきた会議とワークショップが終わった。アジアの放送局の人々と英語漬けの一週間でした。余韻を味わうまもなく、中断していた仕事モードに
戻って、ようやく一区切り。あと一週間でヤマは越えますが、そーゆー風に油断してると足下すくわれそうな予感も。

はー。

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一難去ってまた一難。その3

会議の昼休み直前に保育園から電話が…。また取り損ねてすぐ折り返す。
熱出したか?戻したのか?と思いながら恐る恐るリダイヤルすると、去年のムスメの担任だった先生が出た。

「今日、シッターさんのお迎えなので一応お知らせだけなのですが、
hちゃんの頭にしらみの卵らしきものがありました。袋に入れて通園バッグに入れておきますので確認して下さい」

ほひいいい~。

いえ、発熱でなくてよかった。先生ありがとう(T T)。

一日中英語漬けの会議を二日終えて、月曜からのまた一週間英語漬けのワークショップの準備をし、22時に帰宅。ムスメはまだ起きていた。通園バッグを確認すると、紙に髪の毛が結構たくさん切って包んであり、その一本一本に細かい卵が…。初めて見た、頭シラミの卵。
ムスメをすぐに風呂場に連れて行き、猫用のノミとり櫛ですいてみると、1匹カニの様なカタチをしたシラミが!!
がーん、本当だった。

ムスメにいるということは、ムスコにもいるかも、と今朝になってムスコの頭を見てみると、やはり卵が…。ムスコの髪の毛の量はムスメよりはるかに多いので、成虫は見つけられず、その場ですぐに頭を洗わせて、夏仕様に髪を短く刈り上げた。

頭シラミ駆除についていろいろネットで調べてみたのだが、結局物理的に卵を取り除いて孵化しないようにし、成虫を見つけたら捕るのが一番だということがわかり、頭シラミ駆除セットというのを早速注文した。よく考えると、私の頭にだっているかもしれない。
清潔にしているとかいないとかではなく、蚊に刺されるように普通に誰でも頭につくものらしい。知らなかった…。

保育園では1週間は毎日シーツ替えをしないといけないらしい。

ほひいいいい~。

明日の午後からまた実家の母にヘルプしてもらえるのだけが救いだ。

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一難去ってまた一難その2

学校をサボって、オットに電話で叱られて寝たムスコ。翌日起きると首はまだやや痛むものの、体調は普通。
しかし怒られたことを真剣に受け止めているのかいないのか、いつもと同じように朝はゴロゴロダラダラ、Nちゃんが迎えに来てくれたのに全く出られる状態ではないので、また先に行ってもらう。今週は一回も一緒に出られていないのに毎朝来てくれるNちゃんに申し訳ないくらいだ。

この日は朝の時間にはハハに余裕があったので、ムスメを乗せた自転車にランドセルを積んで、校門の前まで送り届けた。あのまま放っておいてはまた行かなかったかもしれない。

学校の先生には連絡帳で「何も連絡せず休みましてすみませんでした」と事情を書いて出したら、先生の方も「昨日の続きで休みだと思ってましてすみません」との返事。そして最後に「自分の得意なことをアピールできるような場面をもっと作るように心がけます」というような返事が返ってきた。なるほど、先生の目から見ても気に掛かる部分があるのかもしれないな。今年の個人面談は夏休み中の最初の一週間に設定されているらしいので、よく相談した方がいいかもしれない。

さらにその翌日22日からは、ハハにとっては3ヶ月掛けて準備してきた国際会議の当日。
朝は保育園が始まる7時半にはムスメを預けていかねばならない。
なんとか二人ともたたき起こして時間通りにすすみ、1日を無事に過ごせた。なのだが、帰宅してみると来る予定のシッターさんではなく別の人が来ていた。最近シッター会社の事務の体制が変わってこういうミスが結構多い。来てくれたシッターさん本人も前日の夜に変更があって戸惑うこともあるので、会社にはぜひクレームして欲しいとも言われる。連絡が行き違って、誰も迎えに行ってないという電話が保育園から来たかもしれないと思うと、ぞっとする!!

会議二日目の23日。コンビニサンドイッチを箱に詰め替えただけの超手抜き弁当に申し訳ないと思いながら、また朝早く出て、ムスコには学童クラブに行くように伝えた。
そして会議の始まる30分前に学童クラブから電話が…。取り損ねたのだがすぐ折り返すと「さっきムスコくんが来たのですが一応、確認ですが、今日は来る予定になってたでしょうか?」という問い合わせ。ここで完全にハハ、ブチギレ!!

実は5月に実家から母に出てきてもらっていた期間中、ムスコが勝手に学童クラブをサボっていたことがあった。2日続けて勝手に休んだらしいのだが、学童クラブからは何の連絡もなくビックリしていた。勝手に欠席しても連絡がないのは、今年から学童の人数がものすごく増えたせいなのかと思い確認したところ、「いえ以前からも1年生しか出欠は確認していません」とあっさりと言われて、管理体制のずさんさにかなりあきれた、という事件があったのだ。そのときは問題がそもそもムスコが勝手にサボっていることでもあるので、あまり強くは言わなかったのだが、毎月初めに記入を求められる出欠表に「23日土曜は朝から一日お願いします」と書いてあったにもかかわらず、「今日は来る予定でしたか?」とはナニゴト!!と若い先生を相手にかなり切れてしまいました。どうやらムスコは出欠表を持たずに行ってしまったようなのだが、月末に渡される出欠表に「来月分の帰宅時間などを分かる限り全部書いて下さい」と求めているはずなのに、その日その日の分しか確認していないということで、全く何のための出欠表なのか分からん!第一、児童館に遊びに行かせているのではなく、学童クラブに預けているのであって、きちんと出欠を管理してくれないと困る!と我ながら久しぶりに激昂してしまった。

そしてその直後、ムスコが家から電話してきて「出欠表を持ってくるように言われた」と。私が電話を取り損ねて折り返すまでの10分の間に、家に取りに行くように言って帰したらしい。何も帰すことはないだろうに。確か学校の休みの日に朝から1日行く場合、忘れ物があっても1回学童クラブに入ったら家に戻ってはいけないルールだってあるはずだ。完全に学童不信。

かなりギリギリした心持ちで会議をしていると、昼休みちょっと前に今度は保育園から電話が…。つづく

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一難去ってまた一難。その1

吐き下しか?と思われたムスコの状態、翌日の20日には熱もなく朝食を食べる食欲もあり、学校に行かせることにしたのだが…。どうやら寝違えていたらしく、首が痛いとムスコが言う。塗り薬を塗り、ランドセルを背負うには無理があるなと思いながら送り出し、その直後にムスメを連れてハハも家を出た。

保育園を出て駅に向かっていたら、ムスコから泣きながら電話。
首が痛くて学校に行けない、と家に戻ってきたと言う。
「痛いのは分かった。筆箱だけ持ってランドセルは置いて行きなさい」と説得して、外せない打ち合わせがあるので電車に乗った。9時半過ぎに会社に着いてもう一度家に電話してみると、
ムスコはまだ家にいた!もう一度行くようにかなり強く言い、学童クラブをサボるのとは訳が違う!!と言い聞かせたものの、この調子ではきっと行かないだろうとハハは先読み。お隣のRくんのお母さんに電話をして事情を説明し、学校に行くように声を掛けてくれないかとお願いすると、Rくんのお母さんは出先で、11時過ぎに家に戻る予定なので、「その時点でまだムスコが家にいたらお昼ご飯を食べさせますから、心配しないで仕事して下さい」と有り難いお申し出。昨日具合悪くて休んでいた事情も知っていたので本当に有り難かった。
午後2時くらいにまたRくんのお母さんに電話してみると、やはり学校には行かずお昼をごちそうになったらしい。むうううう。Rくんのお母さんも昼前には「昨日の今日で、まだ具合が悪かったんじゃないかしら?」と優しく言ってくれていたのだが、聞く限りには「どうもお腹の調子は大丈夫で、やはり首が痛いだけみたいです」と電話口でちょっとあきれていたかも…。
今週はずっと22時までシッターさんの生活なので、身動きが取れないもどかしさにイライラ。オットとも電話でやりとりし、もしムスコから電話があってもそういう事情をふまえて話をしてくれ、と言うと、厳しく叱りたいが家に一人でいるときに電話で叱った後のことを考えると言えない、と言う。確かにもっともなこと。ハハが帰宅してから話すと言うことになった。

果たして、22時にハハが帰ってみるとムスコはごろごろしながらまだ首が痛いと言いつつ、
フツーにしていた。オットに電話してみると「ムスコは謝ったか?」と聞く。どうやら私の帰宅する前に電話で、戻ったら謝るようにと約束していたらしい。「いや全然」と答えると、オットのスイッチ・オン。かなり離れた位置からでもオットの声が聞こえるほどの剣幕でムスコを叱りとばしているらしい。ムスコは相当コタエたらしく、泣きすぎてまた戻してしまった。つい「バカタレ…」とつぶやいたら、「バカとは何ごとだ」とオットから私も叱られるはめに。

しかし、この年にして、学校に行きたくないと思うと行かないで一人で居られるというのもある意味自立しているのかもしれない…と思う。んでも、この3年あまりの中で一番忙しくしているときになんでこうもトラブル続きなんだろう~。忙しくしているからこその甘えなのかもしれないが…それでも仕事しなくちゃ行けない日もあるんだよ…と、
かなり落ち込んだのでした。つづく。

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ゴール前の危機?

今朝6時半過ぎにムスコの泣き声に起こされた。
布団の端でうつぶせになって戻している。

がーん。

先週のムスメと同じ状態だ。吐き下しが流行ってるんだろうか。

ムスコをトイレに行かせ、朝から大物の洗濯におおわらわ。

頭の中はくるくるダンドリ。
「ムスメを保育園に行かせ、シッター会社に連絡。もともと今日は22時までシッターさんの日だったのだが、1時間でも早く来てもらえるように頼む。ムスコを病院へ。様子を見て自宅で仕事。17時半から外せない打ち合わせがあるのでシッターさん到着まで一人で留守番させよう…。」何とかなるかな。

ところが、第1段階でつまづく。
ムスコが戻した後は熱も微熱でわりと元気で、DVDなど見始めたものだから、ムスメが「保育園行かない!」と言い始めて聞かない。
行ってもらわないと困るんでアル。
泣き叫ぶムスメ、靴も履かない実力行使に出たので、仕方なく裸足のまま自転車の後ろに乗せて保育園にダッシュ。保育園に着いても泣き叫んでいて、「まあ、hちゃん珍しいこと」と先生に言われていた。裸足のまま「かえる!」と叫ぶムスメを振り払って園を出る。

コンビニでムスコ用のイオン水やら栄養補給ゼリーやらを買い込み、家に戻る。シッター会社に連絡。
ムスコを自転車に乗せてかかりつけ医へ。いつもなら車で行くところだが、しばらく車動かしてないので、行った先でバッテリー上がりなどという最悪の事態を回避するために、30キロ超のムスコを久々に後ろに乗せた。もう汗だく。

吐き止めの薬と整腸剤をもらって家に戻る。少しだけ水分を与えて吐き気がないかどうか見守りながら、午前中は電話で用が済む仕事を次々こなす。
先日も痛感したけど、この手の仕事は自宅の方がはかどる。
昼すぎ、ムスコはお腹空いたというのだが、いざ軽いものを与えてもいらないというので、ゼリーで様子を見る。

ムスコが何度かうとうとしている間に、また仕事を少し。
16時になってしまったのにシッター会社から連絡がないので、電話してみると18時には来てくれると言うことが判明。
そこでお隣に「シッターさんが来るまで一人で留守番させてます。何かあったら訪ねていくように言ってもよいですか?」とお願いして、一人ムスコを置いて会社へ。こーゆーときは、本当に心が揺れる。
ごめんよ、ムスコ。

気がつくと、具合の悪いムスコをよそに食べるわけも行かずに朝からほとんど何も食べていなかった。

早く切り上げたかった仕事は結局21時過ぎまでかかってしまった。
家に22時に戻るとムスコはかなり元気で食欲もあり、冷やしうどんをしっかり食べたらしい。明日は学校に行けるか?

実は今週は今日から土曜までずっとシッターさんにお願いする佳境の週。
来週月曜にはまたばばシッターにお願いすることになっている。

ゴール前の最大の危機、明日はどうにかなるんだろうか。

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結局休み

朝、ムスメの熱は37.5℃。微妙なところ。
仕事上、どうしても今日中にやっておかねばならないことがあったので、ひとまず保育園に行かせて、午後イチには迎えに来ようか、などと思っていたのだが、やはり調子悪かったらしく自分から布団にもどって寝てしまった。仕方がないので、結局休む。

やらなきゃいけない仕事は、よく考えると物事を手配するだけのことなので、連絡先でうっかり控え忘れていた番号だけ教えてもらって、さっさと手配を済ませた。
なんだ、自分で思っているよりたいした仕事じゃなかった。ま、事務スタッフにFAX送ってもらったり手伝ってもらったけど。

本当は、自宅からイントラネットに接続できれば、スタッフの手を煩わせることもなく自宅勤務できそうな部分も結構あるんだよなあ、この仕事。外部の人とのやりとりをどうするかという問題が残るだけで、できないというわけでもない。これだけ携帯電話も普及したしねえ。

などと思いつつ、土日もムスコ関係の行事が立て続けで、まともな休みにはならないので、ひたすらムスメと一緒にぼーっとした1日でした。

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ひいばあばにさよなら

オットのおばあちゃんが亡くなって、お通夜に行ってきた。
私も数えるほどしか会っていないし、ムスコが小さいときに2回会っているくらいで(本人には記憶なし)、ムスメに至っては今日が初対面。オットは帰ってこられないので、3人で出かけた。

17時前に仕事に見切りを付け、ダッシュで保育園→家→葬儀場と駆け込んだのだが、ちょうど着いたときにお通夜は終わったところだった。が、とりあえずお焼香だけでもできたからいいとしよう。ムスメには「はじめまして。ありがとう。さよなら、だね」と話ながら一緒にお香を置いた。

九十いくつかで亡くなった大往生なので、こぢんまりと親戚とご近所の方だけのお通夜だったけど、花がたくさんの祭壇で華やかだった。
老人施設での最期で、状態が思わしくなくなったとき病院に移そうと思っても、「もう良くなる見込みはない」と断られたらしい。なんだかなあ。

通夜ぶるまいの席で、ムスコやムスメは「誰の子ども?」と聞かれてかわいがってもらっていた。特に、おじさんおばさんにオットが聞いたこともない呼ばれ方をしていたり(笑)、フツーにムスコを見た人は大抵ハハの私にそっくりというのだけど、ここに来た親戚一同はオットに似ている(言動や雰囲気も含めて)と言われていておかしかった。
と、気を緩めていたら、いきなりムスメが食事中にもどしてしまった!!
どうもタクシーに酔っていたらしい。結局何しに来たのだか…、手を煩わるだけ煩わせて早々に帰宅した。たぶんムスメは「あーあのお通夜で具合悪くなった子」と覚えられるんだろうな~。

ムスコが葬儀場に向かうタクシーの中で「みんないつかは死ぬんだよね。機械がいつか壊れるのといっしょだよね」というので、「機械は壊れたら直せるけど、人は直せないんだよ。だから命が大事なんだね。自分の命も他人の命も」と話しておいた。こんな話を出来ただけでも行った甲斐があったというもの。

はー。それにしても帰宅してからのムスメ、熱もなく元気はありそうなのだが、さっきも起きて水を飲んだだけでもどしてしまい、明日の様子が気がかり。(ということは、車酔いではなくて吐き下しってことかも…。)仕事は、かなり佳境なんだが。うー。

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川崎病フォロー検査

ムスメの病後1年、ムスコの再発後3年のフォロー検査に行ってきました。
二人とも冠状動脈に異常なし、との結果。

ムスメは小学校入学前に一回、ムスコは中学入学前にもう一回くらいの検査で良いのではないか、という方針になりました。

ひとまず、肩の荷が下りた気分。

昨日のダメージと連日の睡眠不足がたたって、ムスコの学校に提出する健康管理表の用紙を持ってくるのをすっかり忘れた。診断書を書いてもらって来週のプール開きには間に合いそうだ。

そして、今日一日携帯を忘れて出かけてしまっていて、間が悪いことに大事な連絡が何件か入っていて、落ち込む~。

なんだかんだと、ハムスター車。

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激しく後悔

スタジオ収録。

誤算続き。がー激しく後悔。

なんかこの数ヶ月やってきたことが今日一日で
台無し

うー。後悔先に立たず。覆水盆に返らず。

編集室で泣きを見そうだ。
だー(T T)

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ひさびさの台本書き

火曜日のスタジオ収録を控えて、久々の台本書き。
こーゆー作業するのもしかして10年以上ぶりかも?
ナレーション原稿はしょっちゅう書いてましたが、スタジオトークを収録するような番組は、今の職場に来てからやった覚えがない。

それにしても、アジアの国のことを子ども向けに説明する文章を書くのに四苦八苦。どの程度の情報を出せばいいのか参考にしようかなと思って、子ども向けの本を探してみたものの、本屋にはロクな本がない
「国旗」の本かせいぜい良くて「絵地図」。そうでなければ、いきなり暗記学習のためのつまらない情報しかない本ばかり。結局一番まともに思えたのはムスコが持っていた「絵でわかる世界大地図」という本だった。

この本が5年生くらいを対象にしているのではないかと思うので、この情報レベルをもっとかみ砕かないといけないのか・・・とかなり愕然。
かれこれ4日がかりでなんとか書き上げました。(12ヶ国分)

インターネットのお陰で調べ物は格段に楽ちんになったねえええ。
かといって、インターネットの情報をツギハギしているわけではないよ。一応国がらみのことだから、外務省とか、政府観光局とかいわゆる公的機関のHPは参考にしてますが。

いろんな国の情報を改めて見てみて、
つくづくアジアのはじっこの島国・日本て、狭いところに大人数で住んでいて、そのくせ世界第2位の経済大国って、
やっぱり不思議だ~、と少し感動してしまった。

はー、土日は日中もこの作業で子どもらはほっぽらかし。
火曜には終わるから、もう少しだ~。

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一番近いアジア、それは…

今週いっぱいスタジオや編集室にこもりっきりでネットも使う時間無しでした。
仕事はやってもやってもまだまだ続く。

今週は昨日の土曜も仕事で久々に何年ぶりかの深夜タクシー帰り。ようやく休みの今日も、午後からムスコのサイエンス倶楽部。実家から来てもらっている母にムスメを預けて、
久々に一人で2時間の待ち時間。

本屋で資料本を買って仕事しながら待とうと思ったのだが、良さそうな本がなかったので
中野をブラブラ。

そこでアジアを発見してしまったですよ。

一番近いアジア。

それは中野ブロードウェイ!

いや、前々からアジアくさいとは思っていたのですが、この1年で断然アジア度上がりまくりです。バンコクのナライパンパビリオンの地下とか、クアラルンプールのBBプラザというひなびたショッピングモールに雰囲気がどんどん似てきている…。新しい店がたくさん出来ている一方、古い店も健在。
そして値段もバンコク、KLに近づいてきてる。「ブラとショーツのセット、280円」なんてーのもあり、生地やさんではコットン1メートル94円なんてのもあった。
客層もオタクから普通に若い人から、激安ファッションにはおばちゃんも集まっていて、
かなり混沌。

結局仕事する予定が極近アジアを満喫しながらぶらぶらして過ごしてしまった一日でした。

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運動会は無事開催

昨日の話ですが、心配していた天気もはしかもとりあえずクリアになって、無事2年目の運動会が終わりました。

ムスコの学校では運動会の昼食はお弁当で、子どもだけ教室で食べるというスタイルで、親はどうしているかというと、グランドで寂しく食べるか、家に帰るか、近所のファミレスで食べるかという何ともトホホーな方法です。なんで親子で食べられないんだろう。
んで、我が家も昼をどうするかということで悩んだあげく、せっかく弁当作るんだったら親の分も作って持って行くに決まってる・・・ということで、ムスコを朝送り出した後、木曜から来ている母の分と合わせてサンドイッチを作って持っていくことに。
日焼け止め対策を念入りにしてから出かけたら、入場には間に合いませんでした(^^;)

ムスコの競技は午前の部の真ん中へんに「大玉転がし」、終わり頃に「50メートル走」、午後の真ん中へんに「ダンス」でした。
かけっこは6人中4位。なかなかの重量級な走り(^^;)
午後のダンスは、ちょっとテンポずれてる感じもしたけど、よく頑張ってたぞ。

ダンスを見終わるころに、ムスメが眠いと言い出したので最後までは見られずに帰ってきてしまった。ムスコの白組が勝ったそうで、疲れてる様子もなく帰ってきました。

そういえば、私の子どもの頃は「牛乳メーカー名入り鉛筆」とか何かおみやげみたいなものあったような気もするんだけど、今は運動会でも何ももらえないんだね~。
つまらない…。
教室で弁当っていうのももっとツマラナイ…。
去年は雨で2日順延して平日開催だったから、あまり盛り上がらないのだと思っていたけど、なんか大元のところで何か盛り上がってなかった気がする…。
なんなんだろー。

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とうとう学校で「はしか」!

さっき22時過ぎに学校の緊急連絡網が回ってきて、とうとうムスコの通う小学校ではしかの子がでたらしい!!

数日前に、「まだ区内では発生がないが、発生した場合は・・・」という文書をもらっていたばかりだったんですが、その後区内の高校で発生して休校したりしていたみたいです。

我が家はムスコもムスメも1歳で保育園入園する際に「集団生活に入るには必ず麻疹は予防接種を受けるように」とかかりつけ医に言われて、ムスメは2歳過ぎていた頃だったけど、一応受けている。二人とも川崎病でγグロブリンをたっぷり投与されてもいるし大丈夫だろう…とタカをくくっていたのだけど、気になって調べたら「麻疹潜伏期間中に緊急予防としてγグロブリン注射は有効。ただし3週間くらいしか効果なし。」と書いてあった。(小学館『家庭の医学』)γグロブリン受けた経験があれば免疫強化されるのかと勘違いしていました。(γグロブリン大量投与の後、半年くらいは殆どの予防接種を受けることができません。γグロブリンにいろんな免疫が含まれているかららしく、予防接種しても抗体ができない場合が殆どだそうです。)

とりあえず「はしか」の場合は、免疫がないと100%感染するらしいので、予防接種が一番の予防としか言えないらしい。

今週末に運動会があるのだが、開催されるかあやしくなってきた。どうなることやら。

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怒濤の仕事、7月半ばまで

とりあえず元気です。
7月半ばまで切れ間無く続く仕事シリーズ始まってしまいました。
全く余裕無く、仕事持ち帰っても進まず、なんかやってもやっても仕事に追われている感じがする~。
ま、完全に一人で3つの仕事をいっぺんに動かしているからなんですが。あれもこれもとマルチタスクで動ける方ではないと自覚しているので、かなりトッチラカッテ疲れます。

そんな中でも、ちょっと気分がいい瞬間というものはあるもので。
昨日の夜にOKの電話が来た番組プレゼンテイター決定の話とか、サイドパネルがうまいことできたこととか。

サイドパネルというのは・・・、実はデジタルテレビが我が家に来たのがたったの2ヶ月前なので、いままであまり実感していなかったことですが、
16:9の横長画面に、従来の4:3のテレビ画面の素材が映っているとき、両サイドに見える黒や色が付いた部分のことを「サイドパネル」と呼んでます。
んで、ここの部分をどう見せるかというのも番組の演出のウチに入ってきているようで、結構いろんなことをいろんな番組がやってます。

と、いうわけで、子どもドラマのサイドパネルが当初のイメージ通りに出来て、いい気分♪と言う瞬間があったのでした。アフレコの子役さんも偶然直接会って決まって、なんかタイミング良い一日だったみたいだなあ。

子ども達は二日連続、シッターさんで、寝付いてから帰ってきたので今日一日殆ど話してない。今夜は二人だけでお風呂に入ったりしたようだ。(二人とも髪は洗わなかったようだが・・・)

明日はシッターさんないだけど、ガムバロ。

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久々にムスコ寝言録。

さっきムスコが起きて寝言。

普通に誰かに向かってしゃべっている。
「さっき、知ってたよ。それは知ってた」

その後、 「わかんない。わかんないよう。」と泣き出す。
大泣きしながら部屋から出てきて、パソコンに向かっているハハのところまで来た。

もう起きているのかと思ったら、まだ寝ぼけているらしく、
「ママー。おねがい。テスト…。テスト…」と言っている(笑)。
テストで解けない問題に遭遇したようです。

寝ぼけている人に話しかけてはいけないという迷信もありますが、とりあえず「トイレ行って、寝なさい」と言うと、素直にトイレに入っていったので、ちゃんと聞いてるんだな、と
思ったのだけど。
トイレに入った途端また大泣きして、「おしっこ?あれ?ママーッ!」と錯乱状態。

涙と猛烈な寝汗で全身じっとりしているので、パジャマを着替えさせて寝ました。

「わかんない。わかんないよう。」は実は、宿題や「チャレンジ」をやっているときよく言ってる。ちゃんと問題を読めば分かるはずのことなので「もう一回声に出して問題読んでごらん」とハハが声をかけても、「もうさっき読んだ。読んだけど分からない」で止まってしまうこと多し。そして、いいから素直に問題を声に出して読みなさい!と押し問答になるのが常なんですが、そこら辺の葛藤をムスコなりに夢に見ているのかもなあ。
なんだかなあ~。

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ムスメ川崎病から1年

もう一昨日のコトになってしまったけど、ムスメが川崎病を発病して入院した日から1年経ちました。実母と電話で話していて、その話題になったのですが、
「え、1年だっけ?」と一瞬、頭が混乱。

それぐらい、ムスメは小憎らしいほど元気

今日も保育園にいつもより15分くらい早く迎えに行ったのに、やっていたパズルを「お片付けするの!」と言いながら、うまく箱に収まらず。あきらめてばらばらのまま仕舞ったかと思うと、「もう一つパズルやりたい~」と駄々をこね、「早く帰ろうよ~」と言う私と押し問答。延長担当でムスメの性格を知り尽くした先生が間に入ってくれて、持ってきたパズルを確認して「これはやったほうが早い(押し問答するより)」と言ってパズルにつきあい、ようやく終わったと思ったら、今度は「きょうりゅうの絵がない」と泣く。通園バッグにお絵かきした小さい紙が山のように入っていて、その1枚1枚を確認しては「ちがう~。ない~」と大騒ぎ。
すでに約20分経過して、私の堪忍袋は切れる寸前。

実は、今日は先生に内緒で私は仕事お休みで、1日のんびり好きなことしてストレス発散したはずだったんですが、このやりとりだけでグッタリ。
1日分のリラックス気分を帰せ~。

何はともあれ、元気なことはありがたいです。
川崎病の年1回のフォロー検査は、6月中旬の予定。

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お片付け日記 4/29

連休はお片付けで過ごそうと思ってます。
が、初日の昨日は歯の手術後の傷がずーっと鈍痛でやる気無し。通常の掃除片付けをかろうじてやって終わってしまった。

これではいかん、と今日はちょっとガンバリました。
本日のテーマは衣類。

まずはいつもどおりに洗濯たたみ。乾燥機にかけて仕上がったものがカゴの中に山積みになってるので、たたんで仕舞う。平日のうちに1回できればあまり溜まらないのだけど、結局週末に1回くらいしかたたんでいない。普段は、子どもらもこのカゴの中から下着や靴下をごそごそ探して着てたりします。探すのが面倒になって「ママ、お着替えっ!」と呼ばれて結局私が探す羽目になるよりは、たたんで仕舞って「引き出しから自分で取ってきなさい」と言う方が楽なことは確かなのだが。そろそろムスメを「たたみ係」として技術移転しようか計画中。

4月が予想外に寒かったので、ずっと冬物のままだった子どもたちの引き出しを衣替え。ついでに小さくなってお下がりにもなりそうにないものを処分。

そしてハハの衣類。もう着そうにないモノ、どかどか捨てました。ムスメ妊娠前の服はほぼ全てなくなりました。(サイズの問題。がー。)
5年前の、2~3回しか着てないスーツとか、ついでにオットが学生の頃の就職活動期に着ていたスーツまであったので、気持ちよーく捨てました。
オット、実は衣類を捨てたがらない人なので、すり切れてボロ布化するまで着続けるか、耐え難く流行遅れになるまで着続ける質なのですが・・・、今回はわりとすんなり捨ててもいいと言いました。(実は聞く前にすでに捨ててはいたが、一応確認した。)
何しろオットも最近サイズの問題が…(笑)

ホイホイ捨て始めると、迷いが無くなり、どんどん捨てて気がつくとゴミ袋3つ分になってました。本当は、オットの引き出しにも捨てたいモノがいっぱい詰まっているのだけど、これは本人に任せるしかない。

これだけ捨てても、引き出しは割とぎっしりだったりする。つまり、今日捨てた分だけあふれていただけってことだな。うーん。
いっそのこと、キモノしか着ない人になればいいのかな~などと夢想してみたりも…。
そしてついまたアマゾンでキモノ本を買ってしまい、書斎があふれかえるのだった。

お片付けの道、まだ遠し。

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見えてきたゴール

しばらくぶりの更新。

11日から17日までオットがソンクラン(タイ正月)休暇で帰宅。
たっぷり一週間、ムスコは特別に学童クラブも休んでパパに甘えていた。
しかし帰ってからの脱力は、泣くとかイライラするとか、態度や行動にハッキリとは出さないようになった分、ただボーッと「何もしない」という状態で表明。年長のころからムスコの仕事として「技術移転」した「風呂そうじ」も全くやろうとしない。しかし鬼ハハなので、掃除しないなら風呂に入らないで寝てよろしい!と突き放すと本当にそのまま寝てしまう始末。大抵は「hちゃん、おふろはいりたいいいいいい~っ!」と叫ぶムスメに押されてシブシブ洗いに行くのだが、そのムスメも脱力していたのか、電池切れですぐ寝てしまう日々。結局二人ともオットと入った夜以後、3日くらい入っていなかった~。

その間に、ハハの仕事がバタバタと動きだし、あっという間に7月半ばまでスケジュールが埋まってしまった。通常業務+3件の仕事を同時進行させていく。この調子ではまた6月末にはババシッターを投入しないと乗り切れなさそうな気配。ま、忙しいのは有り難いことです~。

そんなところへ、先日オットから連絡があり…。
辞令が出て、8月には本帰国(予定)←このカッコがあやしいが。
ぐおおおおおおおおおおおお。
見えた!見えてきたよ!三人と1匹るすばん生活のゴールが~っつ!

思えば2003年11月、ムスコ3才8ヶ月、ムスメ10ヶ月の時に始まった「るすばん」。予定通りに戻ってくれば、3年と9ヶ月の「るすばん」。
「明けない夜はない、よあーけはちかい~」とつぶやきながら過ごした夜は、やっぱり明けるのだ~。

オットが帰ったら、アレもしたいコレもしたい(もちろん子どもたちはオットに預けてっ!)と言うことがむくむくと湧いてくる。

あと3ヶ月、ゴール前で捻挫しないように頑張って走りますっ!

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2年生。

今日、始業式で2年生の始まり。
担任の先生は転入してきた男の先生だそうです。名簿に学年主任と書いてあったので、ベテランの先生なのでしょうか。ムスコに聞いても「(去年の担任の)h先生よりは若かったよ」と言うのですが、h先生は定年したんだから誰だってみんな若いんだよ~。どんな先生なのか、保護者会は再来週。

入学式で1年生歓迎の演し物をやって初日終了、学童クラブへ。
「ひとりで帰れない~」と泣いていた去年の今頃。しかしいまや、毎日一人で学童クラブから帰ってきて、ハハへの帰宅報告の電話さえ全く来なくなりました。

そこへ今日の夕方、ケイタイで受信している区の「子ども見守り情報」で、学区内で不審者出没!の情報が入ってきた。昨日の夕方のことだったらしい。
家に帰ると、ムスコが中からドアチェーンを掛けていて入れず、どうしたのか聞くと「不審者が来ないように」と言う。どうやら昨日の不審者はムスコの通う学童クラブの子の帰宅路をつけまわしたらしく、今日の帰りはクラブの先生が家の前まで送ってくれたらしい。それで「家に入っても安心せず、中からもロックするように」と指導してくれたのだろう。
だいぶ帰宅時は陽が長く明るくなってきたと少し安心していたけど、全く気は抜けない。

何とも言えない新学期の始まり。

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思い立って花見

思い立って花見
たぶん、今日が花見出来る唯一の日のようなので、おにぎり買って新宿御苑に行って来ました。すごい人出でしたが、気持ちいい午後でした。

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てつぼうの『解説』

ムスメ語録第2弾。

ムスメの連絡帳に『鉄棒がうまくできたようで、”ねえねえ、来て、見て!”と呼びに来ました。上手に前回りが出来ました』と書いてあった。

へー。hちゃん、てつぼう上手にできたの?
「うん、できたよ」
どーやってやったの?
「えっとねー、さいしょは~、ぴょんてとんで つばめさんなの。
それから~おふとんになって~くるりん、ぱってするの」

おふとんになる?と一瞬「?」と思ったけど、なーるほどー、物干しのおふとん!二つ折りのふとんみたいにお腹で鉄棒にぶら下がることを言ってる(笑)
「つばめさん」は腕で支えてピンとした姿勢を保つことらしい。

指導する先生が「おふとんになりなさい」と言っているのかどうかは不明~。

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「もうぐあいわるくない?」

結局、今日も休んでしまいましたー。
今日は体調はほぼ復活、会社に行けなくはなかったのですが~。
まる2日間子どもらを家の中で放牧していたようなもので、部屋中足の踏み場なくとっちらかっていたのだ~。このまままた仕事から帰って片付けに手が回らないと精神的に疲弊するのは明らかだったので、リハビリ兼ねて1日掛けてスッキリ掃除しましたさ。

ついでにリビングに敷いていたホットカーペットを廃棄。

夕方、学童から帰ってきたムスコが「ああ部屋がきれい」と言い、保育園迎えに行って返ってきたムスメも「きれいになったね。」と言ってくれたのでやった甲斐あり。ハッ!
それより君たち、片付け方を覚えなさ~い。ハハを褒めてやらせるとは人遣いが上手いとも言えるが…。

子どもらを寝かせた後、ゆるーっとテレビを見ていたらムスメがそーっと起きてきて
「もうぐあいわるくない?」「もうこし、いたくない?」と遠慮がちに聞く。
実は昨日、絶不調でソファに横になっているときに、ムスメにぴょんと飛び乗られてブチ切れ、「具合悪いからダメなの!」「腰痛いから乗らないでっ!」と邪険に当たってしまったので、ムスメなりに気を遣っているのだ。(単にもうハハの逆鱗に触れたくないということだけど。)
「もー大丈夫だよー抱っこおいで~」と声を掛け、膝上抱っこでちょっとだけテレビを見て寝た。

ううう。4才ムスメにハハの未熟さを思い知らされた夜であるよ。

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熱下がる

昨日は結局21時くらいに寝こんで、2時間ごとくらいにうつらうつら目が覚めていたのでしたが、朝になっても熱下がらず。

子どもらをどーしよーかと思ったのですが、とても保育園送迎する気力がなく、ムスメは休ませ、そしてそのムスメの面倒を見てもらうのに、ムスコも学童クラブを休ませた(笑)
朝食はいつも通り簡単に、昼食は二人分の弁当を作っておき、洗濯を乾燥までセットしてさらに爆睡!午後ようやく熱が下がりました。でも足腰痛いな。

子どもだったら、解熱して2日は登校登園停止なんだから、ハハもあと2日くらい休みたいものだ~。明日の朝考えよ。

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ハハがインフルエンザ!

昨日からの風邪、昼過ぎからガンガン調子が悪くなり、発熱。
朝出かけるときすでに寒気がしていたので、ミニカイロ付けていっていたのに、寒くて寒くてたまらない~。家帰って寝る!と決めたものの、念のため会社の診療所で見てもらったら、

インフルエンザA型。がー。
平熱36℃を割るハハが38.4℃もある。クラクラするわけだよ。しかもA型かよー。また子どもらに移るかも~。しかも明日は楽しみにしていた飲み会があったというのに~。飲み会もシッターさんも全部キャンセルして家で寝る~。
無念。

それにしても子どもらに「平気平気、大丈夫!」と言っていた鼻の綿棒の検査、イタカッタ。

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なんとなく人生初TOEIC

なんとなく思い立って、初めてTOEICなるもの、受験してきました。

去年から、仕事で英語使う機会にでくわして、思い通りにならないもどかしさもあり、かといってちゃんと勉強して受けたというわけでもないのですが・・・。

自分なりのペースで解いて、200問終わったのが終了時間3分前。初めてにしては優秀かも?語彙力の無さだけは確認できたな。ま、今後どう勉強するかの指針にしましょー。

それにしても、今朝から風邪気味で2時間鼻かめなかったのが、辛かったぞ。

ムスメとムスコは、ご近所さん宅にお邪魔させてもらって留守番でした。感謝~。

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1年あっというまでした

今日はムスコの学校の修了式。
結局、月曜夕方にインフルエンザの熱がぶり返していたので、火曜日に治癒証明はもらえたものの、もう一日家で休むように言われていたため、1週間ぶりの登校が修了式ということになりました。

担任の先生が定年で最後と言うことで挨拶に行きましたが、先生は卒業式の準備で忙しくゆっくりお話しできなかったのが残念。4月からは中学校の不登校児むけのクラスの講師をするそうです。

学校に置いてある荷物を全部いっぺんに持って帰らねばならなかったので、半分はハハが持って帰り、手提げ袋一つだけ自分で持たせていたのですが、同じく今日まで休んでいた学童の友だちが大荷物3つになっているのを見てムスコがひとつ持ってあげて、学童クラブに向かって行きました。
その姿を見て、なかなか大きくなったねえ、と思いました。

1年生の1年、本当にあっという間だったなあ。

でもやはり、学校生活に入って、圧倒的にムスコの生活に関わる時間が少なすぎると痛感しています。気になっているのが、学校の勉強そのものはソツなくこなしているようなのだけど、家での勉強は冬休み以後、宿題以外のことは全くやらない生活が続いてること。今日も「チャレンジ」の問題全くやってないよ、やりなさい、と声を掛けても全くやらず、寝たふりをしているうちに本当に寝てしまった。半日以上学童クラブに行って疲れていたのもあったのでしょうが、「言い聞かせる」時間さえない。短い生活時間の中でハハが一方的にアレやれコレやれ、と言うことの方が多くて、ムスコの話をゆっくり聞いている時間もほとんどないな・・・とも感じている。
今日学校でムスコのクラスを覗いていても、顔と名前が一致する子どもが3分の1もいなかった。サッカークラブにもまた1ヶ月以上行っていないし、その理由もハハには今ひとつ分からない。

それとも、そもそもハハが要求が多すぎるのか?1年生なんかそんなもの、なのだろうか? このまま手を離してしまうと、易きに流れてしまうのは目に見えていて、そこから引き上げて行くには、もっと手を掛けなければ行けないような「強迫感」があるのかも。

1年終わったところで、なんだか真剣に悩んでしまってます。

んで、終わりついでに、ランドセルを持たずに行った今日、見事にまたカギを忘れ、泣いてるところを隣家に保護されて夕食まで頂いていたというトホホなオマケ付きでした。

あーっ、春休み弁当生活が始まるぜっ!

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ネット復活&ムスコ・インフルエンザ

やほー。今日、ようやく光開通。NTTフレッツにしました。快適~。うちが申し込んだことで、結果的にマンション全体に導入することになったのだが、そしたらいろんな代理店が加入勧誘にやって来てる。しかも「NTTですが」ってカタる~。迷惑だ~。

さてさて、木曜の明け方からムスコが発熱。木曜の午前中に病院に行ったら、インフルエンザは陰性。でもちょっと検査するには早かったかも・・・というのでタミフルも一応出してもらっていた。しかし、熱が8度5分くらいで、食欲もまずまずだったのでタミフル飲ませずに様子を見ていたのだが、今日かかりつけ医に改めていくと、しっかりB型!うーん昨日のウチに行って検査すれば月曜には治癒証明もらえたかも…。ま、いっか。

1年生のうち、ムスコのクラスだけ学級閉鎖になっていないのだが、それは来週で定年退職する担任の先生が「もう学級閉鎖にはしないから、元気な子は学校に来なさい」と言っているらしい。来週は1日祝日もあるし、果たして治って春休みを迎えられるのか。
ムスメとハハにうつらずに乗り越えられるかも、びみょー。

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ムスメ 4才

070314 ホワイトデーの今日は、ムスメ4才の誕生日。
朝起きてすぐ「お誕生日おめでとう」と声を掛けると、「ありがとう」とすぐさま返事が返ってきて、成長っぷりにビックリ。

保育園に行くと、みんなが「おめでとう」を言ってくれて、お誕生日の子がもらえる紙製手作りバッヂをもらってニッコリ。
帰りには、先生の手作りカードを頂いてきました。

さて、問題はプレゼント。
実は「バービーちゃんが欲しい」と言っていたのですが、先週来た母が喜び勇んで買ってきてしまい、ハハもオットも途方にくれました。
で。とりあえず会社の私の机の中でしばらく眠っていた、頂き物の”ドラえもんの目覚まし時計”(ただし、ちゃんと某局のノベルティ)を渡してみました。あまり反応は良くなかったですが、それなりに嬉しかった様子。寝るときにちゃんと枕元に持って行って「もうすぐ9時だよ」(ほんとは11時)と言いながら寝ていました。

2番目の子というのは、年相応に欲しがるオモチャがすでにあるという環境だからか、ムスメの場合はそういう欲求や執着があまりないようです。
なので、ちょっと早いかな?というくらいの、それもムスメ専用というのが結構ウケルのではと思う。んで、ムスメ専用目覚ましはなかなかいい線行っていたと思うのだけど。(言い訳。)今週末オットが帰ってくるので、一緒に見にいって何か買うことになりそうです。

そういえば、今回のケーキはモロゾフのホワイトデー向けのチョコレートケーキ。仕事帰りに買いに行ったら、おじさまお兄様たちでごった返してました。花屋でさえもおじさんだらけ。去年はこんな風ではなかった気がする。景気よくなったってことなのかな~?

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サイエンス倶楽部 1年修了

来週はオットが帰宅するので、1週前倒しで実習を振り替えて、サイエンス倶楽部に行ってきました。今回で1年間の実習が修了ということで「修了証」をもらってきました。

「数々の実験や実習を体験してきました。将来さまざまな経験をしていくなかで必ず役に立つものになるでしょう」という文面が、サイエンス倶楽部らしい。
入会の時の説明にも言っていたのだけれど、「学校の成績を上げるお手伝いはできません」とキッパリしていて、ただし「予想を立て、実験で証明し、考えをまとめるという作業が将来必ず役に立ちます」というスタンス。与えられる実験の道具や素材は、ホンモノ志向で、子ども相手と侮らないところはすごい。ベネッセのチャレンジの付録とはレベルが違う。

しかし、月一回で6200円という月謝は高いか安いか微妙なところ。(最近、サイエンス倶楽部の料金を検索してこのブログにたどり着く人多い模様。いままで書いてなかったはずなんだけどなあ。)
2年生になると月二回になるので、月謝も約2倍の12800円。こうなると、ちょっと高いかな。2年生の実習は何かと「食べられるものを作って実験」という実習が多いようなので、子どもは引きつけられるだろうなあ、と思う。なのでムスコも2年生は継続することにしました。辞めたいと言い出したらすぐ辞めさせようと思っているのですが、おそらく言い出さないような気配。

4歳児になるムスメを連れて月2回つきあうのが結構しんどそう。でも待合室で待っている親は結構自分の勉強をしている方が多いです。(語学とか資格試験とか)私も何度か通信講座のテキストを開いて時間つぶしました。そういう時間だと割り切れば無駄でもないかも。
はあ、4月からもがんばります。

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3回目のKL出張

Klhinode_1 昨年の3月、7月に引き続き、3回目のマレーシア・クアラルンプールに出張に行ってきました。3月4日午前に家を出て、9日午前帰宅。今回は4日の朝8時に母に来てもらい(前日の最終便で上京して姉の所に一泊して来た)、一週間だけいてもらって土曜の夕方には母は帰っていきました。土日中心に仕事をしているのと、町内会の当番があるので…と慌ただしく。もうちょっとゆっくりしていけばいいのに、とも思ったが。途中ムスメが風邪引いて熱を出し、インフルエンザではなかったものの、看病で大変だったようです。ばばシッターに感謝。

さて今回の会議は、1年かけて各国の放送局が作った番組の試写と、次のシリーズの企画会議と合わせて4日間の会議。
1日目と2日目が全10本の試写。
やはり手堅く作ってきたのは韓国・中国・香港・モンゴル・日本というところ。1回目から参加しているマレーシアが3年目にしてようやくよい作品を出してきた感じ。(ただし、台本以上にはなっていなかったのが残念)2回目のブータンは、担当者が途中で変わったこともあって、うーんチャレンジは認めるけどちょっと残念というところ。初参加のパキスタンとブルネイも健闘していたけど、もう一歩。スリランカとモーリシャスは、作品として成立していないところがあり、日本での放送は断念。この2国の担当者とはEPも連絡が取れずコミュニケーションできない状態に陥って、救いようがなかったようだった。

私の番組は、音楽は一番評価が高かった。構成は複雑でわかりにくいという評価が多少あった感じ。これは自分でも認めているところなのであまり 気にしてない。全体的には、初参加の国のレベルを引き上げるのには、かなり時間がかか る作業だと思い知らされた結果だった。実は私は次のシリーズも参加する ことになったので(演出は後輩がやるのだけれど)、「またもう一回この 作業をやるのか…」と思うとちょっと複雑。去年の2回目の会議で話し合 ったことが、あまり作品の出来には反映されていない無力感というか、根 本的に話し合ったことが理解されていなかったのか、ということをいまさ ら気づかされたというか。そういう意味で次のシリーズの企画の話し合い は「何が出来て、何が出来ないのか」ということを見極めつつ話をしない といけないなあと思った次第でした。

3日目と4日目が4年目のシリーズの企画会議。日本の企画プレゼンは、演出を担当する後輩のが1本と私が急場しのぎで 書いたもう1本。EPの好みをくすぐる路線で書いてしまった私の方の企 画が採用されてしまい、ごめんよ後輩…という結果に。ま、それでもやり ますと言ってくれたので、これから細かく詰めていく上で持ち味を出して くれ~というところ。で、今回の企画会議で出た企画について言うと、「プロット」として成立 していたのは、私たちの2本だけだったと自信をもって言おう。モーリシ ャスの今年の担当者の若い女性のは健闘していたが、メインストーリーが まだなかったし。モンゴルや韓国は、ま、プロットとして成立してなくて も彼らが作れば何かしらストーリーは出来上がってくるだろうという歩留 まりの高さは期待できるので心配していない。

今回台風の目だったのは、シリーズには2回目の参加で、会議には初参加 のインドの女性プロデューサー。他の企画への意見も噂に聞きしインド式 。「素晴らしい。いいと思う」というような意見しか言わない。聞いてい るこちらは「えっ、どこが!?」というような場面での発言なので、判断 に困る。そして肝心の本人の持ってきた企画。分かりにくい独特の英語を 何とか理解して状況設定は分かったのだが「何の話やら?」という状態で 1時間以上話し合ったあげく、本人の意図が「子どもを学校に行かせよう 」という啓蒙にあるということがようやく判明。そんなこと企画書に一行 も書いてない。コレからソレを読み取れと言われても…と、全員途方に暮 れた瞬間。今回一緒に行ったボヤキ系ツッコミ大阪人上司が「イギリス、 テレビドラマの作り方教えておいてくれんと…。」と日本語でぼやくので つい爆笑。
いやー、ちょっとEPが気の毒になったので「また今回も長い道のりだね 」と声を掛けると「助けてくれるよね?」と言われてしまいました。 今回も会議の合間のティーブレイクや韓国スタッフとの合同夕食会や、オフィシャルディナーでのやりとりはすごく楽しかった。

Kimono0306_2そうそう、オフィシャルディナーでは持参した木綿の単のキモノを着まし た。写真はホテルの部屋でタイマーで撮ってるのでイマイチなんだけど。半幅帯の適当結びに帯締めと帯留めを使いました。”Beautiful!!”と褒められまくって元気チャージしました。ビタミ ン剤のむより数倍効いたよ(笑)。次回会議は6月下旬。どこでやるのか も私が行くのかもまだ未定だけど、行くんだったらまたキモノ持っていこ ー。

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1年生のゲンジツ

帰って来て、夕食の準備をしながら洗濯しようと風呂場に行くと、洗い場の床にムスコの靴が置いてあり、何やらメモも一緒に置いてある。

Kutsu 我が家では、ものを頼むときはちゃんと「おねがいします」と言わないといけないと口酸っぱくしているので、この文(笑)

「靴洗ってください、って、なんか変なモノ踏んだの?」と聞くと

ムスコ「ううん。マンションの玄関のところで、ガマンしきれなくて
おしっこもらしちゃったから。

だははははー。

「上履きの洗い方教えたんだから、自分で洗えば?」というと
「やだよー。おしっこだよー」とのたまふ。
字は書けるのに、なぜそれができない!?

しばらくして、「ママ、足の爪、切って」というので切ろうとしてふと、
「あんた、おしっこもらしたっていうこの足、洗ったの?」と聞くと、
「ううん」

何が出来て、何が出来ないんだかっ、1年生っ!!!

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支離滅裂お片づけ

久々にお片づけ日記。
そもそもは、おひな様を飾るために片づけるはずだった。リビングの片隅の、子どもらのおもちゃを入れているプラスチック製のチェストの上を飾り棚にして飾るのが最終目的。
まず、そのチェストの上にあるごちゃごちゃのモノを、ムスコに片付けさせ、最近はすっかり演奏しなくなったピーナッツジャム(2005年11月12日参照)を隣のもう一つのチェストの上に移動。その4段チェストの上にあったさらにごちゃごちゃのモノは、整理しながら引き出しの中へ。

ここで引き出しを開けてしまったのが、道踏み外しの始まり。

一番上にある大工道具などがぐちゃっと入っている引き出しが重くて開かなくなっているので、一番下の4段目と入れ替えようとする。すると、久々に開けた4段目はほぼ死蔵品で埋め尽くされているので、これもまた半分以上捨てつつ、整理。空いたスペースにムスコのティッシュとハンカチの定位置を作ってやり、ムスコが開け閉めするのには一番上は使いにくいので2段目に入れる。すると、もともと2段目に入っていたのは、これまたほぼ死蔵品の引き出し。ただしこれを整理し出すと収集つかなくなるのは明白だったので、そのまま見なかったことにして3段目に入れる。もともと3段目にあったものは、救急箱代わりになっている引き出しなので、一番開けるところでもあるので1段目に移動。大工道具の引き出しを最後に整理してから入れようと中身を出していると、不明になっていたムスメの椅子のねじ発見。
そういえば、ムスメの椅子の高さをそろそろ替えないと、と大工道具を取り出しておもむろに組み立て式椅子を分解。スキマに食べ物のかすが詰まっていて、犬小屋臭いのはなぜ!?高さは良くなったのだが、結局やはりねじが合わず、またねじなしのままにしておく。(座っている分には無くても平気そうな場所だから)

えっと、おひな様飾るんだっけ。

飾る予定のチェストの陰には、ムスコが「しまったつもり」の工作やら組み立て式で壊れているおもちゃやらが山になっていた。見えなきゃいいってもんじゃーないんだよ。
いい機会だから「いる?いらない?」を始めて、ムスコもかなり諦めがつくようになってきて、壊れているおもちゃは捨てた。工作で作ったモノも、写真を撮って捨てた。結局なんだかんだで、燃えるゴミ燃えないゴミ一袋ずつになった。

えっと、おひな様飾るんだっけね。

昨日片づけたテレビ台の上もスッキリしていたので、今年はテレビ台の上に飾るのもいいなあ、と思って言ってみたらムスコに「じゃあ何のためにここを片付けたんだよう~」と怒られてしまい、例年通りチェストの上に飾ることに。

Ohinasama はー。というわけでこんな感じ。菱餅もあられももう用意しているのだが、ムスメに食べられてしまうこと必至なので、まあ前日くらいに出そうかな。

本日のお片づけ、所要時間 約2時間半。

なんだか支離滅裂ながら、あっちゃこっちゃが片づいたような、片づいてないような。年に何回か、こーゆー「もうどうにも止まらないリンダ状態」になって片付けに取り憑かれるんだよねえ。これが定期的に習慣付けばいいんだけどねえ。
あーくたびれた。今から言っておこ。ムスメが嫁に行けなくてもいいから、3月3日中になんて片づけないぞ。

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ムスコ7才

070221_19210002 (思い出し日記)

2月21日でムスコ、7才。
「1年生=7才」という覚え方でずーっと生きてきたので、1年生の3学期もあと1ヶ月という頃になって、「えっ、今頃?」という気がする。
つまりついさっきまでまだ6才だったのだよなあ。
この1年は本当にあっという間だった。

誕生日のプレゼントは、オットがアマゾン経由で送ってくれたレゴの「騎士の王国」シリーズのものが一つ。誕生日の前日には届いていて、すでに開けていたのだが、組み立てるのは誕生日まで取っておいていたらしい。
もう一つハハとオットからということで、全部にふりがながついているベネッセの「小学国語辞典」。最近、テレビを見ながらいちいち「○○ってどういうこと?」と言葉の意味を知りたがるので、「自分で調べてみよう」と与えて、ハハが楽しようという算段(笑)

今年のケーキは、ご要望通り苺がのったフツーのケーキ。
んでこのケーキを食べるのに、一悶着。「おたんじょうびおめでとう」のチョコのプレートの行方が大問題。
ムスコは当然独り占めしたい、ムスメは当然「hちゃんも欲しい!」。「半分コしたら?hちゃんの誕生日も3月ですぐだし。hちゃんも半分コあげるよね?」とムスメに無理矢理「うん」と言わせて、そそくさと半分コにしてしまった。(ちょっとだけムスコに大きい方がいくようにはしたが)そーすっと、ムスコ、泣き入りました。いつまでもめそめそと。ムスメもハハもケーキ食べ終わってもまだ食べずにめそめそしているので、何が言いたいのか聞くと「6才のときは、一人で食べた」と言う。うーん。すっかり忘れていたが、去年はムスメがまだよく分からなかったから出来たんだろうと思う。  

お誕生日だから今日はスペシャル、ムスコだけで食べていいよと言って、泣きわめくであろうムスメを何か別のオヤツでなだめればよかったんだろうか?何かと「ビョードー・タイトー」を主張する妹に耐えているムスコをこういう日ばかりはフォローするべきなんだろうか? ハハとしては面倒くさいこと(ムスメをなだめる)を避ける手っ取り早い方法を選んでしまったかもなあ、と少し反省。  

さて、3月のムスメの誕生日はどうなることやら。

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一段落

シッターさんを頼んでしていた仕事が今日で一段落。やれやれ。
年度末の特別編成の結果、中途半端に空いてしまった枠を、昔のドラマを再編集して出すという仕事。なので、正直言うとなーんにも創造性がないし、誰かがやらねばならない仕事だが全く評価されないシロモノ(T T)
ただ腐っていても仕方がない。その番組がたまたま時代劇だったので、キモノ鑑賞のつもりで堪え忍んでいました(笑)

そしたら、すごーく素敵な柄のキモノを発見。紫とベージュの「立涌(たてわく)」という曲線を組み合わせた伝統の縞柄だったのだけど、よーく見ると、薄いベージュの部分は菊をつなぎ合わせた模様になっていた!こんな手の込んだ「立涌」は見たことがない。しかもハイビジョンのモニターで目をこらさないと分からないくらい、一見ただの二色の「立涌」。うーん、とうなってしまいました。道ばたで女といちゃついているお奉行さま、という設定で某俳優さんが着ていた羽織の柄でした。
あまりに気に入ったので、柄を再現しようと色鉛筆で絵を描いてみたのだが…あの柄の良さが伝わらないので、ここにアップするのは断念(笑)。

あー、キモノに触れていたいので時代劇の仕事がしたいなあ~などと思う夜なのでした。

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肩こりと腱鞘炎

たいした内容の仕事ではないのに、なんか忙しいです。年度替わり前で、いろんな作業の部屋が取れず、17時~22時編集なんてことになってます(T T)

その昔、「バドミントン部」だった高校生の頃に痛めた右手がまた痛くなってきました。明らかにマウスちくちくの腱鞘炎です。人差し指の付け根から手首に向かって痛い~。そしてその手をかばうので、右ひじの内側のところのツボから肩にかけてコリコリ張り張りで首が回りません(T T)

貼るカイロミニをあちこちに貼って、寝ます~。

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とりあえず、復活

はあああー。約1ヶ月ぶりに自宅からネットつながりました。
いまだ原因不明で、もうADSLのモデムがダメになったのではないかとしか思えない(T_T)

仕方がないので、アナログモデム接続で、びよんびよんしてます~。
遅い~。

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つ、つながらない…。

自宅のネット接続が出来なくなって早や3週間。
これは会社から自分の携帯あてにメールして、携帯からモブログしてます。

まるきりオット任せのジャンルなので、からきし原因がわかりません。
会社でこっそりニフティのトラブル解決法をチェックして、自宅に帰って試してやはりダメ…を3回ほど繰り返していたら、もうイヤになってきてしまいました。

もともと光に変えようと思っていたところなのですが、とっととマンション管理組合の承認をとって、光に変えてしまおうと熱く決めました。

いまのところ不便なのは、生協のネット注文が出来なくなったので、昔ながらの「マークシート」で注文を出しているのと、
「明日の天気は?」と思い立ったときに調べる方法がなかったりするくらい。(ま、携帯で調べればいいんですが、携帯チマチマ打つのが嫌い。)

無駄にネットサーフィンしてしまって、気がつくと明け方!という生活とは無縁になり、
結構規則正しく寝起きしていたりして、ネット無しの生活も悪くないなあ…と思ったりする今日この頃。

しばらくレスポンス悪い生活が続きますが、悪しからず…。

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サワッディー ピー マイ!

サワッディー ピー マイ!=あけましておめでとうございます。

時差2時間の紅白見ながら、おでんと年越しそばという質素な食事で年越しです~。
(なので、こちらは実はまだ年明けていない。)

大晦日にバンコク市街で同時爆弾テロがあったようなんですが、とりあえず家族一同無事です。(発生した時間、バンコク中心部の人混みの中にいたので、後から聞いてゾゾゾーっとしました。)

今年も家内安全、健康一番の良い年でありますように~。

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何もしない年末

年賀状の印刷のために普段使わないパソコンを使ったら、突然インターネット接続が出来なくなり、家からブログ更新ができなくなってしまってました。

接続復活しないまま、28日から年末休みでタイにやってきました。オットの家からブログ更新するか~と思っていたら、先日の台湾の地震でやられた海底ケーブルの障害で、こちらのネット環境がものすごーく悪くなっているようです。タイのオットから日本の私へのメールが丸1日以上遅れていました。

図らずも1週間くらいネット環境から遠ざかっているのですが、よく考えると最近ネット依存気味だったかも。たまにはネットを使えないというのもいいかもなああ。

東京の家は散らかしっぱなしで出てきてしまったけど、こちらでは大掃除も特にする必要もなく(メイドさんが普段からマメに掃除してるから。)、かといって旅行者のように時間に追われて動き回る必要もなく、のんびりと何もしない年末です。

あまりにネットが重いので、先に言っておこう。
みなさま良いお年を&2007年もどうぞよろしく。

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サンタさん、危機一髪

今年もクリスマスがやってきた。今朝は私より早く起きたムスコ、「ママー、ママーやっぱり来たよ!ちゃんともらえたよ!」と叫んでいる。夏ぐらいから言い続けた希望通りのレゴのロイヤルキング城をもらって喜びもひとしお。
最近、悪意があってのことではないと分かっているものの、結果的に「ウソをついている」という事態が続いていたムスコ、そのたびに私に「あーあー、そういうことするとサンタさんの悪い子リストに載っちゃうよ」と脅かされ通しだったので、無事もらえてかなり安心したらしい。ムスメには、ディズニーのおやすみホームシアター。どうしてもオットが「これをあげたい」というのでチョイスしたものだ。ムスメは本当は「スケートがほしい」と言っていたのだが、「スケートって、氷の上の?それとも地面を滑 るやつ?」と聞くと、公園でやっている人を見かけたローラーブレードのこと のようだったのだが、イロイロの事情で却下されていたのだ。希望のものとはちょっと違うので、ムスメはきょとんとしているような表情だった。

実は、昨日の朝べろっとオットが帰った来た。会議があるとかで帰ってきたのだが、クリスマスに自宅にいられたのは実に5年ぶり。タイに行ってしまう前 の年も出張で不在だったので、クリスマス当日の朝にサンタ代理業の醍醐味を 味わうのも久々なのだった。

と、ともかく無事に今年も終わったわけですが、ムスコが1年生になった今年 はサンタさんの存在、危機一髪。
ある日ムスコがしみじみと言った。「ねえ、ママ、おとなりのRくん(=3年生 )はね、サンタさんはおとうさんとおかあさんだって言うんだよ。Rくんの友 達がクリスマスの前に戸棚を開けたら、欲しいって言っていたものが入っていたんだって。」

うううう誰だ~そんな初歩的ミスを犯したやつは~。
で、ムスコはどう思う?と聞くと「Mは信じているよ。だってね、去年のクリ スマスプレゼントが置いてあったところの近くに、金色の靴の跡があったんだよ。それは夜にはもう見えなくなっていたんだよ。」と言う。
(この『物語力』を何かに発揮して欲しいと思うのだが、その『物語力』が禍 して「ウソついた」ってことになってるんだな、最近。トホホ)
ふーん、とハハは受け流して「信じない子のところには来ないんだよね~」っ てことでなんとか取り繕っていた。
とりあえず信じているという方向で決まったのは、そのRくんの話を聞いてい た場にNちゃんも居合わせていたことが大きいらしい。Nちゃん、やはり3年生 で面倒見も良いシッカリ者のおねえさん、ルックスも話しぶりも一見すると3 年生どころか5年生くらいに見えるのだが、「そんなわけないよ!だったら私 がもらったサンタさんの手紙はなんだったのよ!?」と断固サンタさんはいる !という態度を即座に表明し、数の上で2対1だったのでサンタ存在派優勢だったわけで、ムスコも疑う余地はなかったらしい。

よしよし。

我が家はいつも欲しいものをネットで購入し、配達時間を平日の昼間に設定し (絶対に不在の時間)、不在の場合は宅配ロッカーに入れるようにという指示 をシッカリ書いて手配する。そして子どもが寝静まった後にロッカーから家のクローゼットの奥深くに移動し、当日まで隠しておくという段取り。

ところが!

今回のムスコが希望したレゴは、宅配ボックスに入らなかったんである!しかも、忘年会でシッターさんを頼んだ日の夜に(頼んでないのにご丁寧にも!) 再配達してくれたんであーる!コレを見たムスコがシッターさんに「クリスマスプレゼントかなあ?」と聞いていたというのだ。

痛恨・初歩的ミス!!サンタの危機!とほほー。

しかし今回オットが手配してくれたところがたまたま無地のダンボール箱で伝 票もオット宛になっていたので「パパが自分で何か注文したんだよ。パソコンの道具か何かかも?」ということでなんとかカントカ誤魔化した。

その後ムスコはサンタを疑ったかどうか分からないけれど、学童クラブで折り紙で作ったというサンタさんのコラージュした飾りを玄関に貼り「サンタさん 、ここにサイン下さい」と書いていた。うーんうーんうーんこのサインにはど うすべきか?悩む。 

そして、昨日、ハハは最後の一芝居を打った。我が家はサンタさんからのプレ ゼント以外には、普段買わないオヤツのセットなどを「ママから」ということで渡すことにしている。高価なオモチャを二つ分用意するのはなかなかしんど いからね~。そのオヤツもいつもなら早く買って隠しておくのだが、今年は本 当に忙しかったのと、ムスコが家で留守番しているようになったので買って帰っても見つかってしまうのは必至。と、いうわけでちょっと隠そうとしたフリをしてわざと見つかり、「だってね ー、もしM(=ムスコ)とhちゃん(=ムスメ)が本当に悪い子リストに載ってて、何にも来なかったら可哀想だなあと思って、買って置いたんだよね~。 」と最後に落としておくダメオシの演出。「そんなわけないよ、きっと来るよ 」と不安げな声で言っていたのだった。

そして、オットと二人、最後まで悩んだのが「サンタさんのサイン」。サンタ は来たことになっている、しかしその証拠を残しておくべきか?ムスコの思い通りのことを実現させるべきかどうか・・・。希望のものを与えてくれるサンタ さんが「サインお願いします」という願いに応えてくれないというのもなんだ か寂しいかも・・・悩んだあげく、サンタクロースの「S」だけソレっぽく書いて おけば納得するかも?ということで、言い出しっぺのハハが書くことにな り・・・ま、英語はまだ満足に読めないから、筆記体で書けばハハの筆跡とは疑わないだろうということで、こんなことになりました。

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サンタ騒動は、何歳まで続くのか!?

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マイ年末進行終わり~

コドモ界であまた流行ってる病気(ノロウィルス、マイコプラズマ肺炎、おたふくかぜetc.)、今のところ我が家は持ちこたえています。思えば夏休み入ってすぐムスコが調子悪かった以外は、2学期は二人とも病気無しで過ごしたことになる。病気しなくなったなあ~、とつくづく思います。

お陰で私の仕事で年内に必ずやらねば行けないことは、ほぼ終了。去年の年末、23日の祝日からムスコとムスメが立て続けにげろピーになって、そのまま正月休みに突入したんだっけー、と思うと早めに終わらせるにこしたことはないのだ。

あとは、上司が2ヶ月ほど抱え込んでいた上に私に振ってきた問い合わせの仕事、私が受け取ってからさらに1ヶ月抱えてしまったのだが、重い腰を上げてやるかな~ってところです。誰のためにもならない仕事なのだよな~(タメイキ)
ぼちぼちやります。

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燃え尽き?

1ヶ月ぶりの更新。特別理由はないのだけれど、あえて言うなら「燃え尽き」ていたのかも。

例の子どもドラマは無事試写も終わり、まずまず好評でした。放送がせっぱ詰まってない番組なので、見る方もユルい雰囲気。もともと私のいる部署としてはオマケみたいな仕事なので、特別褒められもせず、けなされもせず…といった感じ。ま、そんなもんでしょう。
ただ自分でもビックリしたのは、タイミング。企画立てた頃には「なんでいまこんな話を?」と自分でも漠然としていたところもあるのが、試写する頃には「いじめ」が世の中のものすごいキーワードになっていて、「しまった~、明日にでも放送出したい」という状態になってしまっていた。実際には来年の春頃に放送するのだが、その頃には「あの時期の世相の動きからこの企画が出たのね」と思われるのがちょっとクヤシイ(笑)

ともあれ、なんとか番組は完成したので、マレーシアの共同制作事務局あてに送った。11月末の締め切りだったところ、27日くらいに着いたはずなのだが、
”Congratulation to be the first one!”(一番乗りオメデトウ!)
というメールが来た。夏にロケしている国もあったはずなのだが…。EPのメールによると、全部揃うのは来年1月末くらいではないか、とのこと。去年は12月末締め切りで、実際に参加各国のドラマが全部揃ったのは3月末。放送の1週間前でかなりヤキモキしていたらしい。ということは、今回も早くて2月末に全部揃えばいいところかもしれない。
と、気がついた途端に、英文台本を作る気力がへにゃへにゃになり、「そのうち~」とほったらかして、未だに手を付けていなかったりする。

毎日の仕事も日常モードに戻る。演出からすっかり制作モード。脚本家や作曲家にギャラを支払うダンドリや、伝票起こしたり計算したり。やはり使う脳が別の場所にある気がする。いっぺんに両方は無理だな、私の場合。とはいえ15分という短い番組ながら、ほぼすべてのプロセスを一人でやったのには意味があるかも。楽しんでやった仕事だからよしとしよう。

というわけで、次は何しよう?というところなのだが、先が見えず。
燃え尽きてくすぶっている状態です。そういえば、資格の勉強もとまってるなあ。不思議なモノで、ものすごく忙しいと思っているときの方がいろいろ頭が動くようで、意外に時間があると気が向かなかったりして。

さらに、仕事優先にしてきた1ヶ月のツケが子どもたちの生活態度(とくにムスコ)に大きく出てきたりしていて、悩ましいです。1ヶ月経過しても未だに取り戻せていません。
ま、その辺の話はおいおい。

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贅沢な瞬間

(思いだし日記@仕事)
11月13日(月)

MR(音楽録音)の日。今回は日本でも屈指のウクレレ奏者のKさんに音楽を依頼した。「今回の音楽、ウクレレでどう?」と言ったのはハワイアンライフが趣味の某プロデューサーだったのだが、ドラマの主人公とウクレレの音の、アンバランスさとユーモラスさが私も気に入ったので、即OKしていたのだった。(私も下手の横好きでウクレレをかじったことがあるし、何しろ我が家には『牧伸二サイン入りウクレレ』もあるのだ~。)

今回のドラマの音楽イメージはわりと早くから固まっていたので、音響効果担当のNさんも私の初期プランを尊重してくれて、ひとまずプラン通り13曲の音楽を書いてもらうことになっていた。Kさんと映像を見ながら具体的に打ち合わせをしたのが1週間前。(もちろん、8月くらいに一度顔合わせをして、その後もいろいろやりとりをしていたのだが。)

そして、それがどんな音になるのか、初めて聞くのがMRの日。
MRに立ち会うのなど、本当に久しぶりなのだった。

今日はスタジオの都合で16時からセッティングが始まった。場所は会社の中の録音スタジオの一つ。
セッティングをしながら、Kさんに「このスタジオはどうなんですかね~?」と何気なく聞くと「かなりいいらしいですよ。日本で一番いいって噂もありますよ」とのこと。へえええ~知らなかった。

今回の楽器編成はウクレレ、ギター、スチールギター、ベース、パーカッションの5人。Kさんとコーディネイト担当のYさん以外は今日初めて映像と楽譜を見るので、ビデオを見ながら軽く確認。

そして、全員で音だし。初見で、フルで、いっぺんに曲をリハーサル。
メロディーは全部、いい!私の意図とニュアンスが違うという曲が全くない!
リハーサルなので、みんな探りながらさらっと弾いているのだが、すごくいい!
楽しいところは楽しく、切ないところは切ない曲になっている!

13曲全部聞いたところで、楽器編成の提案をして、Kさんたちがそれを受けて考えてくれて、いよいよ収録が始まる。

せっかく選曲(既存のCDから曲を選んでドラマにつけること)ではなくて、作曲してもらうのだから、場面の長さぴったりの曲にしてもらいたい。けれども元々が15分という短いドラマなので、各場面がそれほど長くはない。長くて45秒くらいの曲なのだ。けれど作曲家としてはそれなりに1曲になるようにメロディーを作ってきてくれているので、厳密に何小節使うか、それを尺に合わせるのにどのテンポにするかを文字通り計算して(携帯電話の電卓で)、どういう風に演奏するかを決めていく。
音楽は数学だ、ということを本当に初めて実感した。
私自身は音楽は全くシロウトなので分からないのだけれど、何もかもその場で決めてもちゃんと上手く演奏できるところが、さすがプロのプレイヤー!とただただ感心する。今回はマルチ収録ではなく、ライブのように一発録りにもかかわらず・・・。

そして、クライマックスシーンの曲。「パーカッションとウクレレで、リズムをガッツリ刻む曲を。」というリクエストに見事に応えてくれて、仮に映像を当ててみながら聴くと、もう鳥肌が立ちそうだった。

かっーちょい~

ウクレレ=ハワイアンという常識とはちょっと違うぞ、という曲だった。
日本一いいスタジオの、副調の一番いい位置で、私のために(いえ、私のドラマのストーリーとキャラクターのために)書いてもらった曲を聴くという、なんて、なんて贅沢な瞬間。

どの曲も本当によくて、たったの15分の番組なのにサントラ版を作ったら軽く30分のCDは出来るんじゃないかと思った。

そうして全部の曲が終わったのが22時半ころ。近くの焼き肉屋でビール無し焼き肉。(プレイヤーさんたちはみんな楽器持参で自分の車で来ているので、ビール無しなのだ。)
ベテランの効果のNさんも「言っちゃわるいけど、予想以上に、本当によかった」と言っていて、一同いい気分でご飯をパクついて、24時解散。

頭の中で、さっき聴いたいい曲を再生しながらいい気分で家に帰ると、オットから結婚記念日の花束が届いていた。寝ているムスコとムスメが「きねんびおめでとう。きねんびのおはなだよ。」と走り書きのメモを一緒に置いておいてくれた。

あー、シアワセ。

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字が書けるようになったと思えば…

二学期に入ってから、ムスコのクラスでも計算ドリルや漢字ドリルが宿題に出されるようになった。ちょっと覗いてみると、なかなかのびのびとした良い字を書いているようです。
入学時には、自分の名前のひらがなしか書けなかったのに、ひらがなもカタカナもマスターして、今は「雨」とか「月」とか「女」とか練習しているようです。(なんかこう並べると演歌の世界。)

保育園の年長クラスの頃は、かなりのおともだちが字を書いて「お手紙ごっこ」などをしているときも、もらうばかりで自分で書こうともしていなかったムスコでした。ところが一昨日、どうやら手作りの封筒に何か書いたモノを入れて学校に持っていこうとしている。

「ふーん。それ誰にあげるの?」と聞くと
「きまってんだろー」としらばっくれます。
どうやら両思いになったAちゃん宛らしい。

何を書いているモノやら…と思っていたら、私の母が「下書きをゴミ箱に捨てていたのを拾ってみた」というので、一緒に読んでみると…。

きみがいるから いきている。M(=ムスコ)より

字が書けるようになったと思えば、コレかよ!!

まあいいよ。そう思える子がいるなら、たとえいじめられたって自殺するようなことはなかろうよ。
それにしても、トホホ、もーこんなムスコを持て余し気味のハハなのだった。
三週後の個人面談で何を言われるのか、今から気が重いよ、まったく。

(いずれ)つづく

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どこかで見た景色?

どこかで見た景色?

子どもたちの面倒を見て貰っている母もそろそろ疲れてきたようなので、一泊温泉旅行に連れ出しました。諏訪湖です。高島城、原田泰治美術館(タクシーで原田泰三美術館と言ってしまった。それはネプチューン♪ハーラーダタイゾーです!)、遊覧船に間欠泉。なかなかいいところです。
諏訪湖は初めてなのに、なぜかよく知っている気がする。よーく考えると、その昔サザエさんのオープニング(全国を旅するサザエさん)で見ていたんだーと思い当たり、ちょっと嬉しかった(笑)
明日は下諏訪を廻って帰ります。

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徒歩32分

ロケは、無事終わってます。来週から編集に入ります。

で、ロケ終わったらやらなくちゃ、と思っていたのが、ウォーキング。

6月にダイエット宣言して以来、実は増えてはいないものの減ってもいません(T T)。
やはり運動量増やさないと。でもジムに行く時間はないし。そのうえ早起きも苦手、と来ています。

というわけで、朝の通勤の駅ひとつ分手前で降りて歩く、という一番お手軽な方法を取ることに。

最寄り駅からでも徒歩12分ほど歩くのですが、もうひとつ手前で降りると徒歩32分。
代々木から明治神宮の北参道を歩いて原宿まで抜けます。

実は13年も原宿で乗り降りしているのに、入ったことなかったんです、明治神宮。

北参道に一歩足を入れた瞬間。

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東京のど真ん中の異空間。ちょっと、カンドー。

あーでもケイタイの画像は全然ダメだな。ずーっとむこうが霞んでいるような奥行きの深さと神秘さ加減は、この写真では全然伝わらない~。

参道から横道にはいるとそこは舗装されていない山道みたいで、そこに山手線の窓から見える保育園の子どもとおぼしき1歳児がお散歩に来ていて、遊んでいる。こんなところがお散歩コースとは、うらやましい保育園だ。(砂利道をお散歩ワゴンを押す先生は大変そうだけど。)

徒歩32分のうち20分はたっぷり森林浴なので、苦にならない。そのうえ、通信講座の音声テキストを聞く時間としても有効活用できそうだ。

それにしても、細かい玉砂利がけっこう足に来る。朝からいい感じの疲労感だったりして。

帰りはお迎えダッシュなので、もちろん通常の原宿ルートで帰る。
(その時間には神宮の門は閉まっているし。)

ぼちぼちとがんばります。

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やっぱりロケが好き

061017_06330002 ロケの朝。いい天気。
スガスガしい朝の空気も久しぶり。
朝5時に起きて、空いている電車に乗って、
6時半過ぎに会社に着く。

7時発のところを5分前にロケバス出発。
スタッフ全員気合い入っているのか、
集まりが早い。

あー、ロケが好きだな、やっぱり。

朝6時前に家を出て、夜9時過ぎに帰る生活なので
(それでも夜ロケがないだけ帰りは早い方なのだが)
こういう生活が4日も続くとなると、やはり一人では回せないので、
昨日から母に来てもらって子どもたちの面倒を見てもらっている。

がんばるべし~。

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5年ぶりの…

久々に(笑)、仕事が忙しいです。
ここここに書いてきた例の仕事、来週がいよいよロケです。

今回、5年ぶりに演出します。(5年前のは放送に出ない局内プロモーション用のドラマだったので、厳密に言うと9年ぶり。ひえ~)
演出、監督、番組ディレクター…。呼び方は違ってもやることはほとんど同じ。
「この場面をこうしたい」と言い続ける、思い続けることです。
そうしたら優秀なスタッフが手伝ってくれて、「はいはい、あなたの頭の中にある映像はこれですか?」と見せてくれるので、「おおお、私の思っていたとおり!」か「思ってた以上にナイス」と言うか「うーん全然違うんだよねー」とかなんとかリアクションをして、またその作業を延々繰り返していく…という仕事です。

久々に演出して思うのですが、世の中の監督と呼ばれる人たち、この仕事をしていて自信たっぷりでやってる人はいないのではないか、と思う。常に「今日は上手くいくかな。」と漠然とした不安を抱えながら、「おおお、思った通り!」の映像ができあがる瞬間を心待ちにしているんじゃないかと思う。その瞬間が、結構爽快だったりするわけで、そのためになんとか不安を克服しながらやっているのでは…。

で、今回は役者がほとんど子ども。しかも自分で選んだのだから仕方がないけど、キャラクター優先で選んでしまったため、芝居が出来ない。
リハーサルも子どもが5人集まれば、集中してやれるわけがない。
「ハイ、このときこう動いて。キミはこっち。聞いてる?」「静かに!もう一回初めから!」などと叫んでいるが、演出と言うより、家で子ども相手に言ってることと同じ(苦笑)
出来ない子らを前にして「リハーサルではふにゃふにゃしてても、本番では出来るはず…。かあちゃん信じてる。」という期待に、奴らは応えてくれるのか、見事に裏切ってくれるのか。

この不安は、来週いっぱい続く。

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やっちゃったっ!

今朝。玄関のピンポーンで目が覚める。

時刻は 7:52am.

ピンポンは、同じマンションの3年生のお姉さん二人が
ムスコをお迎えに来てくれたピンポンである。

やっちゃったやっちゃった、やっちゃった!!!

「うううう、ごめんね、全員寝坊したから先に行ってね。ムスコはあとで連れていくから大丈夫。」とお姉さんたちを送り出し、
ムスコをたたき起こして着替えさせ、パンとヨーグルトと牛乳をねじ込ませ、
自転車でダッシュし始めたのが 8:12am.
ムスコの学校の登校時間は8:15~8:25なのだっ。

ムスメもただごとではないと気がついたのか、一緒に飛び起き、
いつもの3倍速で自分で着替え、
「テレビ見てていいから一人でお留守番してね。
パン食べてていいからね。」と言って置いて出た。

久しぶりにムスコを後ろに乗せて走る。バランス悪すぎ。
通学路には全く子どもの姿がない。
学校の前の道に出ると、ようやく急ぎ足の子どもが何人か見えてきた。
そのなかにムスコのクラスメイトのSくんがいたので、
そこで自転車を降ろした。8:20am.
なんとか間に合っただろう…。

またダッシュで家の戻ると、ムスメは何ごともなかったかのようにテレビを見ながらヨーグルトを食べていた。パンを食べていなかったので、食べないの?と聞くと

「だれか、あけてよ~っていってたの。」
袋入りのクロワッサンだったのでした。

はふー。もう徹夜仕事は無理だ。

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いきなりサッカー母

昨日の深夜のこと。ムスコのサッカークラブの連絡網(メール)で、10月8日の試合の出欠の確認と、さらにハハが試合の立ち会い当番であることが判明。
試合?当番?なんだそりゃ?いきなりなんである。

とりあえず今朝、クラブのまとめ役の方に連絡をすると、どうやら金曜日の練習のときに試合の案内を配布したらしい。が、その日ムスコはハハをすっかりだまして「サッカー行ってきます!」と電話してきたくせに、練習に行かずに家で遊んでいたのである。
とほほほほ。

ま、それはよしとしても。

試合の案内と当番のお知らせが10日前にいきなり紙で来る、ということになーんか釈然としない。
試合立ち会いの当番というのは、実は入会するときに「練習の当番と試合の当番があり、出来る範囲でやってほしい」と言われて、平日夕方の練習当番には入れないが試合当番だけならOKという申告をしていたから、当然割り振られたのだけれども。事前に打診とか確認が全くないまま、案内の紙に当番さんとして名前が挙げられていたのにビックリなのだ。

試合当番さんは、試合前の最後の練習日に「試合バッグ」という荷物一式を受け取って、集合場所に行って子どもたちを試合会場まで引率し、監督とコーチの昼食と試合中の飲み物や冷やしタオルや救急箱やらを準備し、また最寄り駅の解散場所まで引率して帰ってくるという仕事なのだ。
んで、試合バッグを受け取るという大仕事がおそらく出来ないことを、まとめ役の方に伝えると、他の当番さんにやってもらうことになっているから当日のお手伝いだけで大丈夫、ということになった。

何が何でも全員強制で親も参加!というのを全面に押し出していないので、働く母にはありがたい。が。

そんなわけで当日しかお手伝いできませんがよろしく、と他の当番さんの一人に電話をしてみると、その方は下のお子さんの行事の都合で参加できないかもしれないので当番を代わってもらっている、代わってもらった人にそう伝えておきます、と言う。
うーん。まとめ役の人からそんなこと聞いてないぞ。
「いや、これは仕事ではないから。」と自分に言い聞かせるけれども、連絡系統が成り立ってないのにかなりイラついてしまった。

週2回の学校でやる練習の当番は、たぶん機械的に割り振られていて、当日都合が悪い場合は個人的に誰かに代わってもらうという方法で廻っているらしい。子どもたちが毎日通っている学校に、自力で行って自力で帰るだけだから、予定していた当番の人が変わってもさほど大きな問題はないと思うけど、試合の引率をする当番が来れるか来れないか不確実なまま紙に名前を書いちゃうという感覚が、正直言うと許せない。
当番を割り振るという仕事が大変なことはよく分かるけれど、事前に「出来るよね?」って確認くらいあってもいいのになあ。
やはり、練習の帰りを迎えに行ったりしてこまめに顔を合わせて情報を得るべきなのか…とも一瞬思ったが、練習当番もこなしてハハよりはるかにサッカークラブの仕事に親しんでいると思われる同級生のお母さんも、たまたま金曜日に練習に行かなかったので試合のことも全く知らなかった、しかも予定を入れてしまっていたので当日も欠席だと聞いて、ウチだけじゃなかったのね、と少し安心した。

仕事チックに「効率的に、確実に」ということを追求していくと、こういうボランティアな仕事が窮屈になってなり手がいなくなる、ついては子どもたちが楽しみにしているサッカーを続けていくことが出来なくなる、というコトなんだろうな~とは容易に想像がつく。ぺーぺーの1年生の親は言われたとおりに動けばよろしいってことも、まあごもっともなことで。

でも、なんだかなんだかなんだかなああ。

「学校での親の活動を”効率”で割り切ってはいけない世界がある」と、某ムギ畑で学んではいたものの、初めてそれに直面してぼーぜんとしているってことか、アタシ。
はい、諦めて手足となって働いてきます。

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カギ忘れ

今日午後1時半頃、ちょっと気分転換に会社の中の本屋を覗いてみるか~と入ってすぐに、携帯がなった。最初は出ないで留守電にしちゃおうかと思ったのだが、見るとムスコの学校からだ。何ごと?と思って慌てて出ると担任の先生で、「Mさんが(=ムスコ。この担任の先生は1年生を男女問わず”下の名前のさん付け”で呼ぶのだった。)、家のカギを忘れたと言っているんです。」と言う。

あー、やったー。

昨日、サッカークラブの部費を払いに行せたのだが、そのときサッカー用のリュックにカギと防犯ベルを付け替えたまま、戻すのを忘れて行ってしまったのだ。私も全く気がついてなかった。

ムスコに電話を変わってもらい、ひとまずいつも通り学童クラブに行くように、どうするか決めたら学童クラブに連絡するから、心配しないように、先生にちゃんと大丈夫ですと言いなさいと伝えた。

さて、どうしますか。
こんな場合に頼れるのは、同じマンションのNちゃんちかRくんの家しかない。
Rくんのお母さんはつかまらず、結局Nちゃんちのママに連絡が取れて、学童クラブに18時までいた後にNちゃんちで待たせてもらうことになった。Nちゃんママがいる日で本当に助かった。

私もいつもより少し早く職場を出たのが、18時20分頃。外はもうまっ暗。初めて18時帰りで、しかも一人で歩いて帰るムスコ、大丈夫だろうか。

ムスメをピックアップして急いでNちゃんちに向かうと、ムスコはフツーにしていた。
軽く夕食まで頂いていたらしい。はー、ほっとした。

家に戻ってからムスコに詳しく状況を聞く。どうやら毎時間ごとに泣いていたらしい。カギがないのに気がついたのはいつか、と聞くと学校についてすぐ気がついていたと言う。1時間目の学活が始まる前にはもうすでに号泣していて、先生になぜ泣いているのか尋ねられても答えられなかったようだ。

ま、泣いてしまうのは仕方がないが、なんで泣いているのかはちゃんと説明しないといけない。しかも学校に着いてすぐ分かっていたのなら、そのとき連絡をもらっていたらハハはまだ家にいたので、カギを学校に届けることも出来たんだよ、と言っては見たものの…ま、無理だよなあ。
ただムスコも「もう6じがえりはイヤだ」と言っているので、強烈な体験として残るだろう。

それにハハも子どもの頃、もちろんカギ閉じこめやカギ紛失はしたことあるしね。ハハの場合はひたすら家の前で遊んで待っているしかなかった。NちゃんやRくんちを頼れるだけ、君は幸せ者なんだぞ、と思いながら、担任の先生にコトの顛末を連絡帳に書くハハなのだった。

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最近のムスメ

このブログ、圧倒的にムスコのことが話題になっているので、最近のムスメのこと。

かなり話が上手になってきて、誕生日のパパからのプレゼントのおもちゃのお陰で、ひらがなの読みはばっちりマスター。なんでもかんでも読みまくる。
トイレに入っていると側にやってきて、「お・し・り。とウォシュレットのボタンを読んで大満足。

急に世話焼きにも目覚めて、去年私の母からもらっていたのに見向きもしなかった人形のメルちゃんにきせかえやミルク飲ませ遊びなどをしている。そしてソファで私がうたた寝を始めると、2階の自分の寝床からタオルケットや毛布を運んできて掛けてくれる。うれしいけど、首からつま先までスッポリ包まれて暑いよん。
世話焼きに目覚めたのをいいことに、「食べ終わったお皿運んで」とか「床に散らばってるクッション、拾ってソファに並べて」とかいうお手伝いを嬉々としてやってくれるので、少し使える人になってきたかも。

「きょう、ママ、だーいすき。」と言うので、「え、きょうだけ?」と聞き返すと「あしたも、あしたも、あしたも、あしたも、だーいすき。」うん、もっと言ってもっと言って。

でも、相変わらずの小猿ぶりは健在で、知らぬ間にお菓子の空き袋が床中に転がったりしていて、「勝手に食べない!袋捨てない!」と私に怒鳴られまくっている毎日。
川崎病で入院していたのもつい忘れてしまいそうなほど、元気です。

赤ちゃん誕生のニュースを見て、「うちにももう一個赤ちゃんがきたら…」とまたも次男の夢を見るムスコに対して、ムスメに「うちにもう一個赤ちゃん来たらどうする?」と聞いてみると「ヤダ。」だそうで。

ムスメ、3歳6ヶ月。手が離れるのにはもう少しかなあ。

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とりあえず無事らしい

毎朝タイマーでかけているJ-WAVEのニュースで
「タイ」 「クーデター」
という単語を夢うつつで聞いたような気がする…と思いながら起きてみると、本当だった。

オットからは、現地時間19日の23時50分のメールでとりあえず大丈夫だという情報が入っていた。
非常事態宣言が出されて、街は異様に静かで、テレビ・ラジオが機能停止。テレビ画面には青バックに何やら文字と王様の画像が流れているだけになっているらしい。

それでは外出も出来ずに家に閉じこもってないといけないのだろうか、オットの家、食料あったっけ?

20日の現地時間9時過ぎに電話してみると、「会社にいる。」という。
昨日の夜の時点で、問題があったら連絡がくることになっていたけど、ちゃんといつものようにドライバーさんが迎えに来てくれて、いつも通り出勤したらしい。官公庁は休みになっているけれど、他は開いているところもあるし、休みのところもある。ニュースが全く入ってこないので状況がわからないが、インターネットは見られるとのこと。

そのうち王様が出てきて、事態を平穏に収めてくれるのではないか…と国・街全体が静かに見守っている状態らしい。軍内部での対立が起きなければ、なんとかなるんじゃないの、というのがおおかたの予測のようだ。
NHKニュースによれば、「軍による政権掌握は一時的なもので、早い時期に国民の手に返す」と軍も公言しているようなので、静観するのが一番なのかも。

オットの家には2日分くらいの食料はあるので、「ま、なんとかなっているから大丈夫」と言う。
それよりオット、在留届まだ出してなかったんでは?
行方不明になっても探してもらえないじゃん…。

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突然モテ男

学校に戻って、ムスコは「学校たのしいよ」と言っていたので、よしよしと軽く受け流していたのだが、「で、休み時間は何してるの?」と聞くと、ニヤーッと笑って照れ隠し。

まずい。以前にもよく見たぞ、この顔。(2005年9月『ムスコの告白』参照)

「えっとさあ、20分休みになるとさあ、女の子が追いかけてくるの。」
それで?
まさか、ちゅーとかしてないよね?
そこでまたムスコ、ニヤリ。

「走っても走ってもおいかけてくるから、そとのかいだんのところにすわってたら、女の子もすわるの。」
階段のところで座って、ちゅーしたの?
「おしえない。」
ムスコがしたの?女の子がしたのっ?
「女の子にされたんだよ~」
それで?
「すわってたらほかの女の子もおいかけてくるから、学校の森のほうにいっしょに行った。」
(どこなのかよく分からないけど、校庭の隅にあるビオトープのあたりらしい。)
ほかの女の子ってなんだ???

ともかく、話をちゃんと最初から聞くと、こういうことらしい。
始業式の日から、なぜかMちゃんが「Mくん(=ムスコ)かっこいい~」と言い出して追いかけてくるようになった。次の日、AちゃんもYちゃんも追いかけてくるようになった。そのうちSちゃんともうひとりのMちゃんも追いかけてくる。どうやら5人組の女の子に毎日追いかけられて、それぞれにちゅーされているらしい。

「がくどうに行って、あー学校おわった~っておもってほっとしていると、みんなじどうかんにあいにくるんだよ~」(ムスコの学童クラブは児童館の中に併設されている。)

ぎゃはははははは。
もう、ハハは笑うしかない。なんで急にそんなに追いかけられるようになったの?と聞いてもムスコに心当たりはないらしい。

と、いうことは。もしかして児童館でもちゅーしてんの?
「うん。誰にも見つからないところで。」
誰にも見つからないところってどこっ!?
「階段のところ。」
やめてって言ってないの?
「いってるけど、つたわらないんだよ~」

「つたわらない」という言い方をしたのに妙に受けてしまったのだが、
どうやら、追いかけてくる女の子の中にムスコの好きな子もいるらしく、積極的にイヤダと拒否しているわけでもないらしい。どうせニヤニヤしながら「やめて~」とか言ってるんだろうなあ。

その女の子らがなんでちゅーしてくるのは、もうハハは知らん。もしかしたら今がムスコの人生のモテピークなのかもしれないから、ま、いいや。

ともかく、ハハとしては「絶対にムスコからちゅーしたり、ちゅーしてちょうだいと言ってはいけない!」ということを厳しく何度も言い含めた。
「えー、なんでー?」
なんででもいい、世の中とはそういうモノだ、だってもしそうしたらその女の子のお父さんやお母さんはきっと怒るから、と言うと
「じゃあなんで女の子はしてもいいの?」

それもそうだな。ここはうちのムスコにちゅーしやがって!とハハが怒るべきところなんだろうか…。

ま、どっちにしろ、次回の保護者会は欠席にしといた方がよさそうだな…。

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よみがなをふりましょう

2学期になっていよいよムスコは漢字を習い始めた。

最初に習ったのは、「大」と「犬」。
「大きなかぶ」の物語の中で習ったようだ。

家でやっているドリルが教科書よりちょっと先に進んでいて、
「漢数字(一、二、三、四…)のよみがなをふりましょう」という問題が出ていた。

いち、に、さん、し、と順調に答えていたムスコの「七」の答えに大受け。

「ひち」

と迷いもなく書いている。

「しち、だよ。しち」と言っても、「なんでえ?ひちだよ~」
間違いに気がついていない様子。

江戸っ子だねい、おまいさん。

三代続いているわけではないので本当の江戸っ子ではないけど、
確実に「江戸弁」の中に産まれて育っているのだなあ、我がムスコ、と
しみじみ思いました。

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学校始まる

ムスコの通う学校は、今日3日の日曜日が始業式。ついでに引き取り訓練というものがあった。たぶん参加者を増やしたいために日曜日になったのだと思うけど。
実際に引き取らねばならない時には、我が家の場合は絶対にすぐには来られないので、この予定調和の引き取り訓練に何の意味があるのかな~と思ってしまった。
それに廊下に一列に並んで、カードを確認して、名前を呼ばれた子から順に帰って…なんて、たぶん災害のあったときなどは、こんなにのどかに進むわけもないだろうに。
去年まで例年通り「防災の日」の平日に引き取り訓練をしていて、学童クラブの子は学童の先生が引き取ったりしていたらしい。その方がはるかに現実的。

それよりもなによりも、日曜日の始業式の翌日が「振り替え休日」って何か変
かくしてハハは、夏休みシーズン最後の弁当作りにもう一日悩まされるのであった。

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再現:自由研究

小学生になって初の夏休み。なんと言っても「自由研究」が大問題だ。
ハハも子どもの頃「自由研究」は大の苦手。何をしていいのやらさっぱり分からず、大抵はなにか工作を作ってごまかしていたんだと思う。ホタテ貝で風鈴(飾り?)を作ったり、「リリアン糸のれん」など作った記憶があるけど、あれのいったいどこが自由研究だったんだろう?自分の子ども時代のリベンジをしたい気分で、つい子どもの自由研究には熱が入ってしまいそうだ。

そんなわけで、あれこれやらせたくなるところをぐっと我慢して、ムスコに自由研究は何をするつもりか、と聞くと「はっぱをしらべる。」というので、
多少「…。」とは思ったけれど、ひとまず「そうかそれはいい。」と言っておいた。
しかし、まだハハの構想は捨て切れていないので「ねえねえ、せっかくタイに行くんだから、みんなにタイのことを知らせてあげられるようなことはどうかな?たとえばタイの旗とか王様のこととかしらべて書くのはどう?」
「もう、はっぱをしらべることに決めたからいいの。」と、あえなく却下。

ムスコのテーマは夏休みに入ってすぐ決まっていたのだが、いっこうにはっぱを調べ始めている気配はない。そしてとうとうバンコクに来てしまっていた。あちこちに出かけるたびに「ああ、あそこのはっぱをしらべればよかった」などと言うものの、引き返してはっぱを取るでもなし。いっこうにやる気ナシ。日本へ帰る日も徐々に近くなってきた頃にハハがまた提案。「ねえねえ、はっぱもいいけど、せっかくだから、日本にないタイの珍しい果物を調べるのはどう?」と水を向けてみると、植物つながりだったせいか乗ってきて「そうする。」
と、いうことで近所のスーパーに一緒に果物を買いに行き、観察の絵を描き、写真を撮り、味わって味を調べました。こんな感じ。

200608bkk_088 マンゴスチン。タイごの