母の日

母の日
子どもたちとオットからいただきました。ガーベラとバラとミニカーネーションのブーケです。携帯からなので、写真は横になっちゃってますが。

「お庭が寂しい」とつぶやいていたのをムスコが覚えていて、鉢植えのカーネーションとブーゲンビリアのアレンジもくれました。

嬉しい〜。

花粉症持ちになって以来、春に向けて鉢植えを作る気力がゼロ。テラスは中味のない鉢が転がっているだけだったのです。
蕾がいっぱいのカーネーションを咲かせるために、学校で栽培委員をしているムスコに水やり係を任命。自分で選んだ鉢なのでやる気満々です。ラッキー!
母の日に自分で贈り物を選ぶことがなくなって3年、寂しさにもちょっと慣れてきてしまった。(オット母へは、昔からオットが担当なので)

ブーケの花を少しだけ、遺影の前にお裾分けしました。

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3月25日、卒業式にて

ずいぶん時間が経ってしまったので、いまさらUPしようかどうか
迷ったのですが、やはり上げておきます。

PTA役員さんの最後の仕事として、3月25日に卒業式に参列
しました。
ムスコたち5年生も在校生代表として参加したのですが、
自分の子供の卒業式ではない式に参加するというのも新鮮な
経験でした。

大震災の2週間後の卒業式は、黙祷で始まり、いろいろな思いが
あふれてきた式でもありました。

名前を呼ばれて壇上に上がり、それぞれ一言将来の夢や
中学生活でやりたいことを大きな声で発表し、卒業証書を受け
取ると言う演出でした。
保育園時代も知っている男の子二人がスーツ姿で颯爽と行く姿に
立派になったなあ・・・と関心。
男の子は特にこの1年の差が大きいのだな、とも思いました。

一方、各地では、避難所の片隅で着の身着のままで証書を受け
取った子供たち。
また晴天の東京でさえ体育館で1時間も座っていると
体の芯から冷えてしまったので、避難所がどんなに寒いかも
身をもって知らされました。

目の前の子供たちの姿に、被災した人たちへの思いをめぐらし
ながら式の途中で何度となく胸が詰まったのですが、
自分でも思いがけず、涙がこぼれてしまったのは,
実は「国歌斉唱」でした。

始めに断っておきますが、ハハは「君が代」にはきわめて
ニュートラルな立場です。
国旗や国歌がない国、というのはやはりおかしいと思うし、
負の歴史を含めての「日の丸」「君が代」だと思っています。

なので、国歌斉唱と言われて淡々と口ずさんでいたのですが、
「さざれ石の 巌となりて」の部分で、言いようのない思いが
こみ上げてきて続きが歌えませんでした。

悠久の時の中で、幾度となく津波にさらされてきた東北の地。
備えがなかったわけでは決してないのに。
人の力ではどうしようもない、
大きな、大きなものがあるのだ、と。
そういう大きな時の流れの中に、
あなたも私も置かれているのだと、と。

でも「苔のむすまで」という詞に、一縷の希望を見出しました。
この国はなくならない。どんな困難であっても、終わりではない。
もはや「君」が誰を指すかなんてことではなくて、
もっとずっとスケールの大きいものを歌った詞なのではないかと、
初めて思い、涙があふれてきたのでした。

身の回りでは目立った被害はなかったものの、
余震や原発の行く末には言いようのない不安が付きまとう毎日。
でも、阪神でも中越でもみんなが立ち上がったように、
終わりではないんだということを「君が代」の歌詞が教えてくれた
ような気がしました。

あとは、自分にできることを、するだけです。


と、ここまで書いてなかなかUPできずにいたのですが、
ちょっと時間を置いてみると、自分でもやはりかなり張り詰めて
いたのだなあと思います。

そうこうしている間に、1ヶ月が経ち、また大きな余震が続き、
原発は予断を許さないのは変わらず。
「終わりではない」という発見が、「この国で生きるしかない」
という開き直りに変わりつつある、
今日この頃。


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PTA役員、務めあげました

えー、昨年1年間ブログをなかなか更新できなかった理由の一つが
PTA役員をやっていたことでした。クラス選出の委員ではないです
よ、本部役員ってやつで、書記をやっていました。
先日、無事次期役員さんに引き継ぎをして任務完了です!!

そもそも、ハハは年間5回ある保護者会に2回出られたらよい
方で、役員候補のクラス代表を選ぶ保護者会にももちろん
欠席していました。
ムスコ4年のときの担任が、大変くじ運よく「ご当選」!
クラス代表の人々の中から「本部役員」を話し合いで選ぶ会議に
出なければならない、という連絡を携帯で受けたときには,
「とうとう来たか~っ」と思ったものです。もう1年3か月も前の話。
基本的に子ども一人につき毎年必ず一役という方針のPTAなの
ですが、それまでハハは、クラス選出の委員の経験もなく、
単発の仕事ですむ「係」の仕事を担当してお茶を濁してきたので、
PTA本部役員て何をするのが仕事なのかさえもよくわからない
まま、選出の会議に臨みました。

いざ出てみると会長が留任することは決まっており、副会長候補
2名も出て、書記と会計を4人選べばよいという状態だったので、
本当は手を挙げなくても逃げられたのかもしれないのですが、
「本部役員を経験した者は、以後5年間再選されない。」という
免除条項があり、ここで1年やっておくとムスメが卒業するまで
安泰だわという皮算用と、まあ根っからの「知りたがり」なので
「PTAってなんぞや」と興味があったもので、
「やってもよいと思って今日ここへ来た方は?」という問いかけ
に、つい手を挙げてしまったのでした。

一緒に書記をやる方はムスメと同級生のお母さん。
以前はフルタイム勤務の経験があるとのことで、ハハが仕事し
ながら役員をすることにもとても理解を示してくれて、お互いに
得意なことを分担しあうことでなんとか乗り切ろう!
と言ってくれました。

新年度の始めは、新入学・進級・転入関係のPTA書類を山ほど
つくり、何が何やらという感じでしたが、6月くらいになると
落ちつきましたかねえ。
月に3回平日の午前中に拘束されて、そのうちの1回がPTAを
運営している委員の会議で、終わったらその議事録をまとめた
「おたより」を編集・印刷するというのがハハの主な仕事でした。
まあ、仕事で文書作っているのと同じ感覚でやればたいした
仕事ではないんですけどね。
(会議の話を聞きながら議事録をパソコンで打っているだけで、
凄い~heart01と言われていた・笑)

初めて垣間見る「PTAの役員さんたち」、1年過ぎて思い返せば、
非常に人格穏やかで仕事テキパキなメンバーが集まっていた
のだなあ、と思います。
”いわゆるPTA”ですぐ思いつく、学校へのクレーム、役員への
クレームなどももちろん多々あったようですが、そういう仕事は
会長や副会長が矢面に立ってくれていたようで、
ことさらその愚痴をこぼすでもなく、会計と書記は自分の本分を
まっとうすればよい感じで、みな淡々としていました。
(ハハも出席していた月イチの会議の場では、確かにびっくり
しちゃう、閉口しちゃうという場面もあるにはあったのですが、
詳細割愛)

ただし、一番びっくりしたのは役員さんたちでさえ
「子どもの生活時間で自分の1日の動きが決まる」ということ!
「きゃー今日子どもが4時間だからもう帰らなきゃ!」と作業が
終わりきっていなくても「すみません~先に帰りま~す」と
帰ってしまう。
ハハならたとえ1日有給で休みだったとしても学童クラブへ
行かせてしまうので(鬼ハハ?)、
子どもが帰るまでに家に戻っていないければという行動が、
すごく新鮮だった。
それと、打ち合わせで話があっちゃこっちゃ行ってなかなか
進まない上に、最終的に結論もないまま「お先に・・・」と次々
メンバーがいなくなってしまう打ち合わせとかね。

「仕事」でぐだくだな進行のうえに途中でやめて帰るのは
あり得ないが、まあこれは「仕事」ではないし、
たとえ1日作業が遅れても誰も困らないんだよね、と思うと気が
楽になり、楽しむ余裕も出てきましたよ。
「PTA役員」という名のサークル活動だと思うことにしてました。
社宅の多い土地柄なので、ここのPTA活動に父親参加は皆無、
したがって夜や土日に会合を開こうという気配さえ感じなかった
ので、そこをごり押ししてまで改革しようとは全く思いませんでした。
夜や土日に会合を移すくらいなら欠席で問題なし、という雰囲気
だったので。

まあ、つまり時間のある人たちがやっているということで、
時間のない人に無理やり参加してもらわずともよい、と言外に
言っている面もあるわけですが、
最終的に相当の時間をPTA活動に「無償で」費やしてくれる方が
いるというのは、ありがたいなあと思いました。
さらに役員のメンバーがみんな、自分の子どもだけではなくて
いろんな子のことをとてもよく見ているのに感心したり、
口コミベースの人のつながりが密だったりするのも真似でき
ないし、今まで殆ど関わりがなかった学校のお母さんたちと
つながりを持つことってやっぱり大事だなあと思いました。

何より、学校で子どもたちがどんなことをやろうとしているかと
いうことがよく分かって、
子どもたちとの話題も明らかに学校のことが増えました。
おまけの収穫は、ハハがPTA室にいると分かっていると、
中休みの時間に嬉しそうに覗きにくるムスメの顔を見られた
ことですね。

フルタイムでPTA役員、決してみんなに勧めるつもりはない
ですが、
(だって、有給使いまくりで残り日数が年度持ち越し可能数を
割ってしまったし!)、
「やれるときに、やれるひとが、やれることを」という精神が
ちゃんと機能しているところで、1年務められたのはラッキー
だったなと思いました。

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とりあえず全員無事

大変な地震でした。

子どもたちは、同じマンションの方にお世話になり、なんとか
自宅に帰りつき、二人で留守番していました。
22時過ぎにオットが歩いて帰宅し、子どもたちも一安心。

私はJRが動いていないため、職場で待機中です。
隣駅に住む同僚と明るくなったら帰るつもりです。

それにしても、学校の対応に不満が残りました。
こういうケースではお迎えにいくまで学校で待機のはずが、
ムスコは歩いて自宅に帰った模様。
ムスメは想定通り学童クラブに移動し、学童からのお迎え要請の電話が
つながり、
私に代わって同じマンションのママにお迎えに行ってもらいました。
メールで連絡するより先に状況判断してお迎えに行ってくれて
本当に感謝感謝です。
それにしても、せめて兄妹同じ対応にしてもらったりできなかったのだろうか。

学校からの連絡は結局全くありませんでした。
電話連絡は付かなかったものの、メールは生きていたので、
中途半端に導入しているPTAのメールシステムをちゃんと学校管理にしてもらいたいです。
杉並区に強く訴えていくつもりです。

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あけましておめでとうございます


遅ればせながら、2011年もどうぞよろしくおねがいします。

今年は初夢見なかったんですよね・・・。
どんな1年になることやら。

ムスコは新6年生、受験生です。
12月から塾に通い始め、自宅学習での受験準備は新たな段階に
移りました。
ムスメは新3年生、またクラス替えがあるのでどんな1年に
なるのかちょっと心配です。

私の目標としては「断捨離」。
今もって入るモノをどんどん整理して、少ないモノの中で生活
することを目標にしようと思います。
と、言っても大分前からちょっとずついろんなものの整理を
して、キッチンなどは大分使いやすくなったし、
洋服も着る色を自分に似合う色限定にしたらすごくスッキリしたし、
ずっと昔に比べればかなりモノは少なくなっている気もするのですが、
でも、まだまだですね。

「いつか使うかも」としまいこんでいるモノはたぶん全ていらない
はずなので、処分するのはやぶさかではないのだけれど・・・。
実家を引き払うときにともかくとりあえず持ってきた類のモノを
どうしてよいのか迷っています。
うーん、きっと「もういらない」と思えるまでなんとなく持っているしか
ないのだろうなとは思いますが。

あと、意味なく執着しているのが「本」。
ただ「持っていたい」というだけで持っている本が山ほど。
読み返す価値のある本がそうそうある訳ではないのも分かっているので、
処分するのみなんですが。
これも「いつかやりたいコト」の山積みのあらわれだったりするので、
本当にやりたいコト、やるコトを吟味するところから始めないとダメ
ですね。
3月あたりにちょっとまとめて休みを取ろうと思っているので、
そのときに行動するのが目標です。

そんなこんなで、今年もよろしくお願いします。

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さらば生活管理表

相変わらずこのブログには「川崎病」で検索してくる人が
絶えません。
放置期間中も、何度か検索の波がやってきては去り、を
繰り返していたようです。

そんな矢先、会社の後輩からメールをもらいました。
3人いるお子さんの3番目のお嬢さんが、まさに川崎病で
入院している最中とのこと。
実は以前、この後輩の一番上のお子さんが川崎病になったときに
「あら、うちは兄妹二人で都合3回罹ったけど、何でもないわよ」
と励ましたことがあったのでした。
しかしその後輩の家では、去年は2番目のお子さんが、
そして今度は3番目のお子さんが罹ったという話なのでした。
兄弟姉妹で罹る例があると言う話は、我が家の例からも知ってはいた
ものの、やはりなぜウチの子が・・・と思わずにはいられず、
治療中の不安もあってとにもかくにもハハ宛てにメールをしてきた
ということだったらしい。

「実はその後、ムスコは3回目に罹ったが、後遺症なく過ごしている。
適切な時期に治療を始められればまず大丈夫。
特に兄妹で3回目となれば、もう親のほうが病状の変化に気づき
やすいから、気をつけて見て上げてほしい。
何か不安なことがあれば親の会にも相談してみて」と返信したら、
やはりともかく藁をもすがる気持ち、分かってくれそうな人に
聞いてもらいたかったようで、
「親の会の話は1回目のときに教えてもらったけれどもちゃんと
調べていなかった。今回は妻にも調べるように言っておく。」と
いうような返事が来ました。
その後の話は聞こえてきていませんが、たぶん後遺症もなく
回復したものと信じています。

我が家は今年、ちょっとした決断をしました。
毎年6月に学校に提出するように言われる「学校生活管理表」を
提出することをやめたのです。
これにはちょっとしたきっかけがあって、学校の養護の先生が
この4月に変わったのですが、前任の先生が3月中に
「新年度、水泳指導が始まるまでに提出してください」と早々に
用紙を受け取っていたものの、引継ぎがちゃんとされてなかったのか、
特に催促されることもなく水泳指導の時期に突入してしまったのでした。

一応、かかりつけ医に相談してみると、
「”管理不要”は管理不要なんですよ。今まで一度だって管理が
必要と言われたことないんでしょう?もういいんじゃないですか?」と
キッパリ言ってくれたので、
「そーだそーだ。管理はいりませんと書いてもらうために仕事
半日休んで、一人につき文書料5千円も払うなんてあほらしすぎる!」
と開き直り、もし催促された場合は、徹底抗戦辞さず!くらいの勢いで、
鼻息荒くして声がかかるのを待っていたのですが・・・。
完全に忘れられたかなんだか知らないけど、何事もなく9月に
水泳指導は無事終了。

なんだ、別になくてもいいんじゃん、生活管理表。
管理不要は管理不要。まさしくその通り!!

来年も何か言われたら、この手で行こうと思います。
どのみち、中学、高校と学校が変わるたびに川崎病の既往が
ある子は必ず検査受けるように言われて、
たぶんそれは拒否できないのですから、その程度の管理で
十分だという結論に達しました。

後遺症なしで”管理不要”なのに生活管理表に悩まされている方、
思い切って出すのやめてみましょう!

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七五三

長々とブログ放置していました。いやはや。半年以上ですね。
とりあえず一家全員元気です。
あ、でも、えーと、放置期間中に金魚はすべてご召天、ムスコが飼っていたクワガタもあっさりと
お亡くなりになってます。猫のおねいちゃんは、あの猛暑にも耐えておりました。

この間に私はすっかり四十肩もちとなり、めっきりキモノからも遠ざかっております。
そんなこんなで、ムスメの七五三です。ムスメは早生まれなので、学年で言えば去年お祝いしても
良かったのですが、去年はなんとなくやる気なしでパスしてしまってました。
かといって、今年やる気満々だったかと言えば、そうでもなく。
どうしようかな、どうしようと思っているうちに10月になってしまったので、運動会の振り替え休日に
ダッシュで予約して写真だけ撮ってきました。

キモノは、私の会社の同期が7歳のときに着たという年代もの。1学年上のお嬢さんが去年着るために
手入れしたそうで、「よかったら着て」と春からお借りしていたもの。

いや、やはり昔のキモノは写真映えします。最近流行のケバい色のキモノじゃ、駄目です、やっぱり。
ちゃんと長じゅばんも正絹だったので、着付けの方が「子供のキモノでこんないいものは、もう作れない」と
言っていました。
髪の結い方くらいもっとモダンにすればよかったんですが、写真屋さんの美容師さんはこれが
いいと思ったらしい。本人もちょっと・・・と思ったらしいけど、まあ、7歳でしかこの頭はもうできないぞ、
と説き伏せて、「昔の子」に変身~!!

ムスメ、結構ポーズ取るのがうまかった。写真屋さんに乗せられていろいろな背景とポーズで
取ったので、予定外に写真代がかさんでしまったよ。

亡き母にも見せたかったなあ、としみじみ思いました。

そうそう、ムスメが通っている英語教室で担当の先生がクラス替えになってしまったので、
ありがとうのメッセージをこの写真に書き込んで贈ったら、ものすごく喜んでくれたという後日談。


Shichigosan1004_3


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サイエンス倶楽部 月謝

明日から3月になりますね~。とりあえず、一家全員元気です。
2010年もすでに2カ月経過してますが、今年もよろしくお願いします。

すっかりブログを放置していたら、先日のある日突然、
「サイエンス倶楽部 月謝」をキーワードに検索して、ここにたどり着いたひとが50人以上いてびっくり。いくつかのおしえて系サイトにリンクが貼られている上、サイエンス倶楽部が新年度会員募集の新聞の折り込みチラシを入れた日だったようです。

とりあえずサイエンス倶楽部についてはいままで断片的にしか書いていないのでちょっとまとめて書いてみます。

2006年2月の体験実習に参加した様子はこちら。
「2006年2月 実験にワクワク」

リンクが貼られているページはこちら。
「2007年3月 サイエンス倶楽部 1年修了」

その後、ムスコは辞めたいと言い出すことなく4年まで継続しており、4月からは5年になるのですが、5年のみ開講している専科クラスも受講することになってます。(通常の実習クラスが月1回、専科クラスも月1回。2・3年生のみデフォルトで月2回の実習です。)

サイエンス倶楽部、今年の料金も以前書いた額と殆ど変っていません。デフレ時代に頑張っているというか、何というか。この4年のうちにサイエンス倶楽部の教室数もだいぶ増えましたし、類似の他社教室がたくさん増えている中でも、どっしり構えている(?)ようです。

毎月の実習も毎回のテーマにそっていろんな実験をしているようです。4年からは解剖もあり、魚のあじの解剖をしたそうですが、これが5年になるとニワトリを解剖するのだとか。ムスコ、いまからちょっと震え上がってます。

2年生以上は、毎年夏休みに行われる宿泊を伴う野外実習もあります。
ムスコは2年で埼玉の化石堀りの2泊3日、3年で富士山麓のサイエンスキャンプ2泊3日、4年で福島の鍾乳洞探検2泊3日に参加しました。
ムスコは化石・地学系に興味があるのでこんな内容になりましたが、他にも森・虫系、空・気球系、海・魚系など多彩な実習が選べます。
夏の実習は常に参加者が多くて抽選に外れる場合もあるようです。(2年のときは一度外れてキャンセル待ちだったのが、希望多数につき追加実施になったのでした。)
普段の実習もそうですが、とくに夏休みの実習中の先生たちの対応がすごく良くて、実習の様子がHPで1日数回報告があったり、身の回りのことも指導をしてくれたり、至れり尽くせりという感じです。ちなみに、野外実習初日のお弁当もいらないので、働くハハにはありがたいのでした。実習の料金は2泊3日で5万円前後でした。

うちから教室へは電車で一駅なのですが、うちのムスコさんには未だにお迎えが必要です。もういい加減一人で行き来できるはずなのですが、迎えに行くと必ず「今日はこんな実習をしました」と先生が説明してくれて、保護者にも一部見せてもらえたりするので、ちょっと楽しみだったり。顕微鏡の実習の日には「ハエの頭の標本」を400倍で見せてもらって、頭に毛が生えていたのを発見して感動したハハでした。(ハエの頭を薄い膜に写し取って作ったプレパラートを見ていたらしい)

で、約4年通ってどうか、というとムスコは学校の理科は好きですし、昨年からやっているZ会の受験コースの理科も「ああ、サイエンス倶楽部でやったなあ」ということもあるようで、やはり自分の身体で覚えた知識は身につきやすいようです。

サイエンス倶楽部OBの中学生を対象にした実習では、大学の理系学部に行って実験などもやっているようで、幅広く「科学」への興味と知識を実験で身につけていくのを目的にしているところは揺るぎないです。この中学生向けの実習ではレポートを書いたりプレゼンをしたりというスキルを磨くことも重要なテーマにしているようです。

公立小中の授業の中でここまでやることはまずできないだろうなあ、ということからすれば、月謝の値段はまず納得がいく額だと、ハハは思っています。

ちなみに。2年以上ムスコの送迎につきあわされていたムスメは、日頃からサイエンス倶楽部の様子を目にしていたにもかかわらず全く興味がないようなので、一度も体験もせず今日に至ってます。

おまけ。ハハはまだ読んでませんが、昨年出版されたサイエンス倶楽部の関連本です。

「理科実験で科学アタマをつくる」

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小1作文道

小1作文道
部屋の片づけをしていると、ムスメが「もうこれいらない」と解き終わってしまったチャレンジの発展ワークを捨てていた。
通常のチャレンジだけでは飽き足らないので与えていたのだが、それも解き終わってしまったらしい。(ちなみに、その問題集は、ムスコが1年生のときに買い与えたのだが、最初の1回分だけやって挫折していたヤツである・笑)

捨てるのはよいが、どれどれと見てみると、ハハの子どものころに比べて、最近は作文の指導をかなりしっかり教えられているらしい。

作文の書き方の基本は、「はじめ=さくぶんのあらましをかこう」、「なか=あったことや、したことをかこう」「まとめ=おもったことをかこう」の三部構成で書きましょう、ということで、例題にならって一文ずつ書くようなドリルになっている。

例題
「はじめ」わたしは、やまへいきました。
「なか」 かぶとむしをつかまえました。
「まとめ」またいきたいです。

これにならって、きみがしたことをえにっきにしよう!というのが問題。問題1回分で2日分のえにっきを書くようになっている。
その、ムスメの解答。

8月17日 てんき はれ
「はじめ」わたしは、ほてるにとまりました。
「なか」 たくさんおよぎました。
「まとめ」またいきたいです。

8月20日 てんき あめ
「はじめ」わたしは、おばあちゃんのおそうしきにいきました。
「なか」 すなをひだりのコップにいれました。
「まとめ」またいきたいです。happy02

あきらかに7月の「一周忌」のときのことを書いていると思われ。
「すなをコップにいれる」は焼香のことです、きっと。

いや、「道」とつくもの、何事も「まねる」ことから始まるとは言いますが、小1作文道、本当にこれでいいんでしょうかっ!?>ベネッセ

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大阪日帰り

大阪日帰り
大阪日帰り
大阪日帰り
天気がよくて富士山は品川からずっと見えてました。

午後から大阪で会議。大阪何年ぶりだろ?神戸の震災対応で1週間行って以来だー。
会議の予定時間3時間のうちハハの持ち時間15分、移動往復8時間の出張です。

ま、いつもパソコンとにらめっこの仕事なので、たまの気晴らしってことで。

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